イギリス海岸 ― 2006年03月21日 09時06分18秒
一昨日まで、3日ばかりイギリスの話題、それから地質図の話題を書いていて、何か忘れているな…と落ち着かなかったのですが、やっと思い出しました。
そう、イギリス海岸。
この単語がスッと出てこなかった。
賢治ファンにはおなじみの場所ですね。
白っぽい泥岩層の露出した、北上川中流の河岸。これを「海岸」というわけは、賢治自身も書いている通り、ここが「百万年昔の海の渚」だからであり、また彼の異郷への憧れが、それを「イギリスあたりの白亜の海岸」として幻視せしめたからでもあります。
賢治が「イギリス海岸」という随筆風の小品を書いたのは、大正12年(1923)のこと。
あまりポピュラーな作品ではないと思いますが、ありがたいことに原文はこちらから読めます。
青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4417_9667.html
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誰かが、岩の中に埋もれた小さな植物の根のまはりに、水酸化鉄の茶いろな環が、何重もめぐってゐるのを見附けました。それははじめからあちこち沢山あったのです。
「どうしてこの環、出来だのす。」
「この出来かたはむづかしいのです。膠質体のことをも少し詳しくやってからでなければわかりません。けれどもとにかくこれは電気の作用です。この環はリーゼガングの環と云ひます。実験室でもこさへられます。あとで土壌の方でも説明します。腐植質磐層といふものも似たやうなわけでできるのですから。」
私は毎日の実習で疲れてゐましたので、長い説明が面倒くさくて斯う答へました。
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いかにも理科趣味の香気横溢した文章。
ちなみに、イギリス海岸は第三紀鮮新世、本家の白亜の海岸は文字通り白亜紀のものですから、至極大雑把に言って、500万年前と1億年前というように時間のスケールは大分違います。
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