理科室アンソロジー(2)…岡本喬『理科室』 ― 2006年10月14日 07時11分35秒

唐突ですが、理科室の風趣を伝える文集をイメージして、目に付いた文章を抜き書きしてみようと思います。読むだけで理科室の匂いがするような文章、理科室への思い入れが感じられるエッセイなどなど。(これは!というものがあれば、ぜひご教示ください。)
なお、今回アンソロジーの(2)と題したわけは、以前、稲垣足穂の「水晶物語」を載せたので、あれを(1)に当てたいと思うからです。
(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/07/17/448139)
(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/07/18/451209)
■ ■ ■
○岡本喬著 短編集『理科室』(同成社、1984)より。
表題作「理科室」の一節。
「ぼくは黒板の横にあるドアーを開けて、理科準備室にはいった。
ここは、むやみにはいってはいけない部屋だから、余計に別世界にきたようだった。
天井までとどきそうな大きな戸棚の中には、たくさんの壜が並んでいる。アンモニア、二酸化マンガン、水酸化ナトリウム、塩酸、硫酸ナトリウムなどの名前が見える。そのとなりはシャーレー、漏斗、ビーカー、試験管などが並んでいて、窓からの光を折り曲げたり、反射させたりしていた。ガラス器具はぶつかりあうと、ガチャガチャ音をたてるし、薬品は混ぜあわせると急に白い泡をだして湧きあがり、煙をあげて変色したが、この戸棚の中では動かずにじっと静まっていた。
それはガラス器具だけではなかった。
せまい部屋の奥では、動かずにじっと何かを見詰めているものたちが並んでいた。
人骨模型は、あまり白っぽい色をしていたので、何だか滑稽に見えたが、頭蓋骨の目の穴の深いくぼみは気味が悪かった。白い胸から腹の下まで切りさかれて、身動きができないほどぎっしりと、赤い内臓を詰めこまれた人体解剖模型は、歩きだすこともできなかった。眼球模型の大目玉は、まばたきを忘れていた。そのとなりはリスとウサギの剥製で、ウサギはずっと前、飼育小屋で飼っていたアンゴラウサギだった。二匹は同じポーズをやめずに、ガラスの目玉を光らせていた。」
■ ■ ■
ある日、教室で飼っていたトノサマガエルが死に、先生の手によって、理科準備室で液浸標本にされることに。しかし標本作りは失敗し、蛙の死体はアルコールの中で徐々に腐敗していきます。その蛙の変化に執着し、強迫的に見ずにはおれない少年。終戦の前日、海上で墜落死した飛行機乗りの父親。アルコールの中で白濁していく蛙の姿。両者がだぶって見える少年の心象風景…。
そんな昏い作品です。
なお、今回アンソロジーの(2)と題したわけは、以前、稲垣足穂の「水晶物語」を載せたので、あれを(1)に当てたいと思うからです。
(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/07/17/448139)
(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/07/18/451209)
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○岡本喬著 短編集『理科室』(同成社、1984)より。
表題作「理科室」の一節。
「ぼくは黒板の横にあるドアーを開けて、理科準備室にはいった。
ここは、むやみにはいってはいけない部屋だから、余計に別世界にきたようだった。
天井までとどきそうな大きな戸棚の中には、たくさんの壜が並んでいる。アンモニア、二酸化マンガン、水酸化ナトリウム、塩酸、硫酸ナトリウムなどの名前が見える。そのとなりはシャーレー、漏斗、ビーカー、試験管などが並んでいて、窓からの光を折り曲げたり、反射させたりしていた。ガラス器具はぶつかりあうと、ガチャガチャ音をたてるし、薬品は混ぜあわせると急に白い泡をだして湧きあがり、煙をあげて変色したが、この戸棚の中では動かずにじっと静まっていた。
それはガラス器具だけではなかった。
せまい部屋の奥では、動かずにじっと何かを見詰めているものたちが並んでいた。
人骨模型は、あまり白っぽい色をしていたので、何だか滑稽に見えたが、頭蓋骨の目の穴の深いくぼみは気味が悪かった。白い胸から腹の下まで切りさかれて、身動きができないほどぎっしりと、赤い内臓を詰めこまれた人体解剖模型は、歩きだすこともできなかった。眼球模型の大目玉は、まばたきを忘れていた。そのとなりはリスとウサギの剥製で、ウサギはずっと前、飼育小屋で飼っていたアンゴラウサギだった。二匹は同じポーズをやめずに、ガラスの目玉を光らせていた。」
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ある日、教室で飼っていたトノサマガエルが死に、先生の手によって、理科準備室で液浸標本にされることに。しかし標本作りは失敗し、蛙の死体はアルコールの中で徐々に腐敗していきます。その蛙の変化に執着し、強迫的に見ずにはおれない少年。終戦の前日、海上で墜落死した飛行機乗りの父親。アルコールの中で白濁していく蛙の姿。両者がだぶって見える少年の心象風景…。
そんな昏い作品です。
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