箱の中の鉱物世界(2)2006年12月22日 23時36分24秒


(左)堆積岩標本(15種)
(右)岩石鉱物標本(100種)

今日は「チマチマ」派の標本です。こうして較べるとまるで巨人と小人のよう。

左のせっけん箱サイズの標本は、いかにも「岩だぞ」という表情をしています。
片や右側の標本は、これらも確かに岩石には違いないんですが、受ける感じはまるで違います。指物細工の仕切りの中に、小さな標本が色とりどりに整然と並ぶ様は、繊細で愛らしく、鉱物界を一望する愉悦を与えてくれます。

しかし、稲垣足穂の感性は、こうしたチマチマした標本を受け入れ難かったようで、自伝的小説『水晶物語』の中で、主人公の少年に激しい呪詛の言葉を吐かせています。


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…見事な、縞瑪瑙や、葡萄状玉髄や、暗緑色の蛇紋岩や、眼を奪う単斜晶の角閃石などが、私の姉が住んでいる大都会のまんなかでも、見付かることがありました。そこには何々商会標本部とか理科材料店とか看板が出ていましたが、店の内部はいつだってひっそりして、人影が見えませんでした。

…もし頒けて貰えるものならば、穹窿の破片みたいな、金の斑点がついた璃璃色のかたまりや、奇抄な塔のようなアンチモン鉱や、どこかの山懐に在る立体派の部落を想わせる黄銅鉱や、竜宮城の雛型のような紫水晶の群団や、そのどれでもいい、自分のために虧き取ってもらいたいものだ、と私は思うのです。

しかし、申し込んだところで、店の人は大切な看板に手をつけるようなことはしないでしょう。その代りに、クロース張りの平べったい紙函を勧めることに相違ありません。その小さな、薄っぺらな函の内部は碁盤目に区切られて、おのおのの区郭に、指先くらいの、蛋白石だの、蛍石だの、雲母だの、輝石だの、緑泥岩だの、電気石だの、方鉛鉱だの、蒼鉛だの、氷洲石だの、橄欖石だの、ボーキサイトだのがはいっていました。しかしこんな代物こそ、その辺の洟たらしが持っている「見本」でないか!

〔註:「見本」は、原文ではカギかっこではなく、傍点になっています。〕

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私は「洟たらし」が嫌いではないので―というより、私自身が洟たらしなので、時々こうしてチマチマ眺めて楽しんでいます。