天河石の源流を探る2008年03月22日 11時35分42秒

(わが家の天河石 ― エチオピア産)

前の記事にいただいたコメントに触発されて、もう少し記事を続けます。

 ◇

まず「天河石」の名がアマゾナイト(アマゾン・ストーン)とは独立に、固有の名としてあったのではないかという可能性について。

これは江戸時代の書物を見るに限ると思い、江戸期の代表的な石の博物誌『雲根志』(前編1773~三編1801)に当たってみました。

■雲根志(九大デジタルアーカイブより)
 http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/unkonsi/unkonsi.htm

眺めているとなかなか面白いです。

水晶、玉髄、碧玉、石墨、自然銅、鍾乳石、石膏…といった、現代に通じる鉱物名ももちろんあるのですが、それ以上に子持石、足跡石、卒塔婆小町石といった珍石・奇石のたぐいが多くて、石に対するまなざしに、学問的指向と古典的な愛石趣味が入り混じっているのを感じます。

ただ、残念ながら天河石は見つかりませんでした。やはり、これは明治の産物なのか…

 ◇

堀秀道氏の『楽しい鉱物学』に、その辺の事情が簡潔に書かれていました。

「明治時代に日本が西洋から鉱物学を輸入したとき、日本語の鉱物名をどうするかは大きな問題になった。江戸時代にも鉱物の名前は本草や物産の本にのっているが、名前と実物の対応があいまいで頼りにならず、ほぼ全面的に新しく作らねばならなかった。

英語のパイライトは硬くて打つと火花が出るところから由来した名前であるが、日本名はそれにとらわれずに黄鉄鉱とした。外観色と成分を織り込んで作ったのだ。

硫砒素銅鉱と書くと、硫黄と砒素と銅の鉱物であるとわかるし、板チタン石は、板状のチタンの鉱物だろうとわかりやすい。

明治の鉱物学者はたいへん苦労をして、このような啓蒙的とも言える鉱物名を作り出した。」(109ページ)

 ◇

で、改めて前回触れた「東京教育博物館列品目録 金石之部」(※)に戻ると、うかつにも見落としていたのですが、その凡例には、

「金石ノ名称ハ本邦未タ一定セス 故ニ多クハ 和田維四郎著 金石学 及ヒ 杉村次郎訳 金石学必携 ノ訳名ヲ用ヒ 他ハ全テ英名ノミヲ挙ケ…」と明記されていました。

(※) http://kindai.ndl.go.jp/index.html から「東京教育博物館列品目録」で検索してください。

となれば話は早い。さっそくこの二著にあたってみました。
同じ国会図書館のデジタルライブラリーに、日本近代鉱物学の父・和田維四郎〔つなしろう〕の訳書として以下の本が入っています(「著」ではありません)。

■ヨハン子ース・ロイニース著・和田維四郎訳 『金石学』 (第1刷・明治11年)

その212ページに 「此ノ長石ノ緑色ナル者ヲ 天河石 義訳 Amazonenstein Amozonstone ト云ヒ…」 の記述が見つかります。「義訳」というのは、来時愛克(ラズライト)のような「音訳」に対する語で、赤鉄鉱、月石(ムーンストーン)、十字石のように、和田氏が日本語の意味を考えて新たに訳した鉱物名のことです。

したがって、天河石は、アマゾナイトの色形から銀河を連想して命名されたわけではなく、あくまでも「Amazonstone」の直截な訳ということになります。アマゾンをなぜ「天河」と訳したかは、それこそ和田氏に聞いてみないと分かりませんが、「天ゾン河」の略という単純な説は捨てがたいと思います。(女傑石とでもすれば、本当の義訳になったのでしょうが…。)

 ◇

明治初期の命名は(古来の名称を当てた場合を除き)即物的なものが多く、詩情を込めた命名が流行るのは、もう少し後のような気がします。銀星石(Wavellite)や、Ymineさんも挙げられた天青石(Celestine)や天藍石(Lazurite)といった美しい和名は、まだ『列品目録』に登場しておらず、原語だけ挙がっているのも、上の想像を裏付けます。

(そうした命名は、明治後期、明星派の洗礼を受けた学者の手によるものではありますまいか。これまた全くの想像ですが…)

 ◇

天河石という美しい名称とその澄んだ青に、はるかな銀河を思い浮かべれば、それで十分じゃないか…という気もするんですが、最近記事を書いてない鬱屈のせいか、いささか粘着的な記事になりました。


【2014.9.6付記】

6年半ぶりに追記します。ここで述べた自説について、「アマゾン河」という外来の語に漢字を当てるのに、わざわざ「天(あま)」という訓読みを使って、重箱読みめいた「天河」という語を創作するだろうか?…ということが、ずっと心に引っかかっていました。

で、6年後の今でも確証はないのですが、ただ中国の地名の「マカオ」について、昔は「阿マ(女偏に馬)港」という字を当てて「アマコウ」と読み、さらに「天川」の字を当てて「アマカワ」と訓んだ例が、大槻文彦博士の『新訂大言海』に載っているのを発見しました。

そこからアマゾン=天河までには、まだだいぶ距離がありますが、多少は補強材料になるかもしれません。

コメント

_ shigeyuki ― 2008年03月23日 10時25分57秒

とても面白かったです。
玉青さんの仰るように、
amazonstoneだから天孫河石→天河石
と僕なら単純に考えて、すぐに納得してしまいそうですが、
そこから一歩踏み込んで、こうして想像を広げてゆくと、
漢字の持つイメージから、色々なものが連想されたり、
また色々なことを新しく知ることができたりで、
愉しいものですね。
石に限らず、和名というのはなかなか面白いですね。色の名前とか。

_ れいこ ― 2008年03月23日 11時57分04秒

私も大変面白く読ませていただきました。玉青さんの物事に対するアプローチの方法も、興味深かったです。
和名と英語またはその他の言語の音や意味を重ねて、複層的なイメージを思い浮かべるのは、えも言われぬ楽しみであります。天河石、アマゾナイト、そして、明るく美しい石の青が奏でる音楽に、しばし陶然となりました。

_ ymine ― 2008年03月23日 21時07分18秒

おお、なるほど!

「義訳」という記述が決定的ですね。「天河石」=「天ゾン河」の略がもっともうなずけるようです。知的な小旅行を楽しませていただきました。ありがとうございます。

しかし、私の妄想コメントでお騒がせしたのではないかと申し訳ない気も…。お恥ずかしや。

_ S.U ― 2008年03月23日 21時43分13秒

こんばんは。
明治初期であれば、西洋語の漢語訳については中国(清)のほうが進歩していたはず、
と考えて、やはり中国人が先に意訳したのを和田が拝借した可能性があると予想しました。
もし中国起源なら、「天ゾン」説はほぼ否定されることになります。
それで、中国語のネット百科を見ますと、「天河石」というのは宝石名としてたくさん
取り上げられています。でも、「天河石」が中国起源の訳名なのか、日本語から
「逆輸入」されたものかどうかはわかりませんでした。

http://www.zhubaohe.com/wiki/5332/%E5%A4%A9%E6%B2%B3%E7%9F%B3.html
には、

> 天河石,又称“亚马逊石”,英文Amazonite的意译。
(天河石、別称「アマゾン石」、英文Amazoniteの意訳。中国語のできない私による訳)

と書かれていて、なんのこっちゃ、という感じです。さて、この説明を読んで、中国人は
「天河」がアマゾンの意訳としてもっともだと納得できるのでしょうか。

_ S.U ― 2008年03月23日 21時50分01秒

すみません。直前のコメントで、引用のURLを間違えましたので訂正をさせて下さい。
http://baike.baidu.com/view/23007.htm
に 「天河石,又称“亚马逊石”,英文Amazonite的意译。」とあります。

_ 玉青 ― 2008年03月24日 07時30分09秒

>皆さま

面白いとおっしゃっていただけて良かったです。

こういうトリビアルな問題にこだわってしまうのは私の悪い癖で、時間と労力の完全なる無駄ではないかという内なる声もあるのですが、もうここまで来ると直らないですね(笑)。

漢字の造語力はすばらしいものがありますが、天河石の場合は、漢字が喚起する美しいイメージが仇となって、後世の人を誤らせてしまったようです(というのは私の説ですが)。

とはいえ「女傑石」と名づけられなくて本当に良かったです。そんな名前だったら、手元に置いて枕を高くして寝ることもできません(汗)。

>S.Uさま

Uさんらしいクリアな太刀筋!
しかし、これは既に見切っておりますぞ(笑)。

和田氏の訳書の凡例には、鉱物名の訳し方が5つ挙がっています。すなわち、旧来の和名と漢名、それから記事にも書いた義訳と音訳、そして「近来漢訳ノ書ニ因リテ新名ヲ下シ」たものです。で、最後のものについては、鉱物名の下に「漢訳」と明記されているので、天河石の場合はこれに該当しません。

したがって「天河石」は、明治期に日本から中国に逆輸出された和製漢語の1つなのでしょう。「天ゾン河」説がもし正しければ、中国の人にとっては、それこそ「何のこっちゃ」の類ですね。

_ S.U ― 2008年03月24日 19時54分22秒

玉青様、

>しかし、これは既に見切っておりますぞ(笑)。

おっ、恐れ入りましてござるー

でも本当に恐れ入るのは、新しい知識が怒濤のように入ってきた幕末維新の時に
和語、旧来の漢語、新しい漢訳、和製漢語をきっちり区別して臨んだ当時の知識人の
冷静さと几帳面さです。
そしてこの後には、それに引きかえ昨今の国籍不明の言葉であふれかえっている
日本語の乱れようは、...という年寄りじみた愚痴を続けたくなるところです。

_ 玉青 ― 2008年03月25日 07時21分10秒

>Uさま

まことにそうですねえ(しみじみ)。

ただ、最近自分の言葉の乱れも、世間に負けず劣らずひどいので(たぶんトシのせい。なかなか思うように語彙が出てきません)、それを憂えること切です(笑+汗)。

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