江戸の想像力(2)2008年07月19日 15時02分15秒

さて、昨日の絵の正体は…

http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ni05/ni05_02338/ni05_02338_p0011.jpg

なんと土星人の親子でした!
タイトルは「土星界に入りて輪環小星を観る図」

ドセイジンノ オヤコガ オウチノ ヨコデ ナカヨク ワッカト イツツノ オツキサマヲ ナガメテヰル トコロデス。トテモ ホホエマシイ デスネ。

ひいいい………!!

 ★

正気に戻って話を続けますが、この本は、片山松斎(円然)著の『地転窮理論』といいます。序文は文政10(1827)年、刊本ではなく写本です。

序文によると、この書は司馬江漢の『和蘭天説』(1795)や『刻白爾天文図解』(1808、「刻白爾コッペル」はコペルニクスのこと)の評判を受けて、それをさらに一般向けに書き改めたもの、とあります。

「予、本より蘭字に疎し。定めて訛謬多かるべし」と凡例にありますが、松斎は原書に当たることなく、利用可能な和訳・漢訳の書だけをたよりに、最新の天文知識を説くという、いささか無理な仕事をしたので、そこに江戸のイマジネーションが闊達に働く余地があったと言えます。

土星から見上げた光景の想像図というのは、たぶん当時の西洋書にオリジナルがあったと思いますが、それが文字を通じて日本の町人学者を刺激し、その脳髄で濾過された結果、このような傑作が生まれたのでしょう。

ただし、本文を見ると、「土星界も我が地界と同じく、山嶽河海有りて大地たること必然たり。されども彼の地界は日輪を離るることいよいよ極遠なるが故に、太陽の火気微力にして常寒の気候にて、人畜草木類は生ずべからずと云へり」とあって、松斎もさすがにこれが実景とは思っていなかったようです(原文の表記を一部改めました。以下同じ)。ちょっと残念。

だが、しかし。江戸の想像力はまだまだ燃え盛ります。以下は月の描写。

「月輪も一箇の小土塊にして、即ち地球なり。山川河海人類禽獣魚鼈歴然たること、あたかも我が大地に異なることなしと知るべし。月輪は我が天に至て近きが故に、望遠鏡を以てこれを見るに月中鮮やかにして、暗黒なるは山岳大地、銀色なる所は河海なり。一凸一凹に至るまで掌中の物を見るが如し。故に西洋には月中の人の尺を測る器あり。」

松斎は、こうして月をはじめ金星や火星には「動植物はもとより人間もいる!」と言い切るのです。

そして、出るべくして出た図。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ni05/ni05_02338/ni05_02338_p0005.jpg

月の住人が我が地球を見上げて、じっと物思いにふけっています。
彼もなぜか―あるいは「やっぱり」と言うべきか―松の木の下に庵を結んで、風流を決め込んでいるのです。

異星人の存在を平然と語り、それにこうした図像表現を与えた江戸人に、完全に脱帽です。


■本の全体はこちらから(早稲田大学古典籍総合データベースより)
 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ni05/ni05_02338/index.html

(S.Uさま、本当にありがとうございました。)

コメント

_ S.U ― 2008年07月20日 15時29分54秒

こちらこそ、ご紹介して下さり、どうもありがとうございました。
 それにしても、あの赤い×は何なのでしょうかね。
筋交いにしても赤い必要はないような。
魔よけのマジナイでしょうか。

_ とこ ― 2008年07月23日 22時12分08秒

うわわ、ど。どせい!
それは思い至りませんでした…さすがに。
見上げた上にすごいものがあるものとばかり。

そして赤い色がすごく目立つので、
筋交いとおこちゃまの着物とで
何かの記号とか、暗示しているのかなあと
勘ぐったりしてしまったのですが
これ、もしかしたら元はもっと落ち着いた赤茶色で
時の経過とともに色が抜けて朱色になったのかもしれませんね。

しかも月のヒトとかも…
あくまで日本人なのですね。
まあ、竹取物語でも月のヒトも着物を着てましたしね…。

スウィフトやERバロウズを読んだ少女時代以来の衝撃でした。
楽しませてくださってありがとうございました~!

_ 玉青 ― 2008年07月23日 22時46分32秒

衝撃のおすそ分けができたようで何よりです。

本当は、「銀色の妙に体に密着した服」を着ている異星人も、和服の人と同じぐらい変なんでしょうが…
この絵を前にすると、われわれの異星人のイメージが激しく揺さぶられるのを感じます。

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