戦前の顕微鏡写真集(その6)2009年04月28日 22時13分39秒

柿の原形質糸。

「柿(柿樹科)の種子に於ける胚乳組織を徒手切片としハイデンハイム氏鉄ヘマトキシリンにて染色検鏡すべし。…而して原形質糸が細胞膜を貫く小孔を『タングル氏小孔』と云ふ。原形質連絡はいづれの細胞間にも存在するものなれども細胞膜の菲薄なる時は検鏡困難にして、濃硫酸等を用ひて細胞膜を膨張せしむる等特殊の方法によらざるべからず。」

これまた詰屈ゴーガな言葉遣い。
「ハイデンハイム氏鉄ヘマトキシリンにて染色検鏡すべし!」
号令一下、生徒たちが勇んでプレパラートに立ち向かう様子が浮かびます。

そういえば、「ナントカ氏ナントカ」という術語が、昔はよくありました。
今はたいてい「氏」が取れてしまいましたが、あれは何でですかね。
学術用語も民主化した…とか。

科学の言葉遣いに付着している社会的要因というものを、ふと感じます。

コメント

_ S.U ― 2009年04月29日 08時47分15秒

愚考を披瀝いたしますと、「○○氏△△」の「氏」は、そもそも○○の部分が人名であることを教育的に示す目的のみのものと思いますが、時代が進んで外来語も増えたため、もう語源が何だろうとかまうものか、ということで「氏」が取れてしまったものと思います。論文や翻訳の子引き・孫引きも進み、もとが人名であったかどうかわからなくなってしまったのかもしれません。
 江戸時代の文献では、カタカナ語にいちいち「人名」とか「地名」とか割注やルビがあって当時の人の律儀さと熱気が感じられます。それに引き替え、昨今の出所不明のカタカナ語の...(以下、以前も書いたグチなので略)。

_ 玉青 ― 2009年04月29日 11時35分09秒

なるほど、「単に人名を表す記号」として「氏」が使われていたということですね。英語でいう「○○'s」を、機械的に「○○氏」に置き換えていたと。

ところで、その辺の語法は学問分野によっても違っていたんでしょうか。戦前の天文学の本を見ると、「バーナード星」とか「ジャコビニ流星」とか「カッシニ裂隙」とか、「氏」を使う習慣が元々希薄だったように思うんですが、医学や生物学なんかは、かなり遅くまで使っていた印象があります。

あ、そういえば摂氏、華氏がまだ生きてましたね!

_ S.U ― 2009年04月29日 21時13分28秒

たしかに、物理や天文ではあまり「氏」は聞かないような...
分野によるとなると、「単なる記号」以上の、その業界の性格も込められているのかもしれません。

_ SBOD ― 2009年04月29日 23時41分51秒

Please let me stray a bit from the subject.

Once again, I found the connection between Chinese and Japanese science. 胚乳, 細胞膜, 濃硫酸, just named a few here, they are identical in Chinese language.

In late 19 century the Chinese learned a lot from the Japanese by translating Japanese materials into their language, especially those related to Biology, Chemistry and Physics. Many of the Japanese terms were adopted during translations, and they remain in the field of Chinese science even now.

When I was a student, I was taught with Cantonese, whereas the so-called elite were all taught with English. Hence I had the fortune to came across with those names.. I thought of the question:


"Who created those terms?"

They are created by Japanese, that is quite unmistakable.


( Thanks to the Chinese discrimination policy of British Hong Kong government, those taught with their mother tongues could never get a seat in university. The influence remains strong even after 1997. I am one of the thousands victims. As Chinese Medium Instruction had just been abandoned by the locals, and they prefer English Medium Instruction, those Chinese words of Japanese origin will disappear in Hong Kong. )

_ 玉青 ― 2009年04月30日 12時47分21秒

SBOD様

この話題については、是非S.Uさんにコメントをいただきたいと思うのですが、一応ブログ主として簡単に述べておきます。

江戸時代の終わりから、明治時代にかけて、怒涛のように西洋の学問が流入したとき、当然訳語をどうするかは大きな問題でした。

「誰がそうした訳語を定めたか?」という問いについては、「当時の各分野の学者たちが、苦労して定めた」としか言いようがありませんが、とにかく官も民も膨大なエネルギーを注いで、そうした作業に取り組んでいたのは確かでしょう。(「官」というのは、江戸時代であれば「蕃書和解御用掛」や「蕃書調所」であり、明治時代に入ってからは各種の官立学校、そして「民」とは主に私塾で学んだ師弟たちです。)

漢字を使った訳語には、SBODさんが仰るように、日本で創作されて、それが明治以降、中国に「逆輸出」されたものもありますが、一方、先に中国で漢訳書が作られ、その用語が日本でも使われるようになった場合もあります(特に、19世紀半ば以前は、その例が多いと思います)。この点で、日中は双方向の影響関係がありますね。

いずれにしても、同じ用語を使うことで、お互いにコミュニケーションがスムーズにとれるならば、素晴らしいことです。先人の努力に感謝したいと思います。

(英国統治下の香港の教育事情については、まったく知りませんでした。なるほど、英語教育が非常に徹底していたのですね。私はその善悪を論評する立場にありませんが、英語「だけ」というのは、大いに問題があったかもしれませんね。)

_ S.U ― 2009年05月01日 06時53分28秒

玉青様、SBOD様、振っていただいてありがたいことですが、私の知っていることは限られています。
玉青さんのおっしゃるように、古い時代ほど中国→日本の方向が優勢だと思います。例外として1800年頃の物理学の志筑忠雄の例が有名です。彼は西洋のニュートンの物理学を翻訳するに当たって、引力、重力、遠心力、弾力、それから、分子などの述語を作りました。それでも、志筑は出来る限り中国にある言葉を利用しようとしていたようで、彼の造語は力学と物質科学の新概念の最小限の範囲にほぼ閉じているように思います。数学では、詳しくは知りませんが、和算家は自分たちが中国の伝統から離れていることを良しとしていたようですので、中国の数学は気にせずに和算独自の用語を使っていたと思います。天文学と暦学は長い間に渡って中国起源が優勢だと思います。昭和に入ってからといえ「冥王星」は例外的なものでしょう。

 日本で出来た西洋語の訳語で注目すべきは、自然科学よりは、明治の初めに出来た社会学用語や哲学用語ではないかと思うのですが、こちらの方は私は知識がないのでよくわかりません。玉青さんの書かれている通りではないかと思います

_ S.U ― 2009年05月01日 07時45分11秒

別のコメントですが、天文学や物理学の用語の多くが漢語(日本でできたものも含めた漢字でかける言葉)で表現できると言うことは、本当にありがたいことです。これが英語やラテン語であったら、科学ニュースや教科書を読む上での障壁が非常に高くなっただろうと思います。

・ バケツの水が落ちないのはイナーシャル力の一種であるセントリフューガル力のためです (これじゃ「力」か「カ」すらわからない)。

・ ナイトロジェンは典型的なバイアトミック・モレキュールです。

これじゃ読む気にもならないでしょう。「慣性力」「遠心力」「窒素」「二原子分子」なら、たとえそれが知らない言葉であっても、なんとなくわかった気になって「ちょっと勉強してみようか」という気になります。

この「なんとなくわかる」ということの重要性は筆舌に尽くしがたいものだと感じます。

_ 玉青 ― 2009年05月01日 07時55分56秒

S.Uさま、的確なコメントありがとうございました。

>後のコメントに

あははは。でもIT分野とかは、もう完全にそんな感じですね。あちらはあちらで、もう後戻りはできないのでしょう。

_ S.U ― 2009年05月01日 18時15分55秒

>IT分野とか
 ははは。コンピュータのマニュアルのカタカナ責めは敷居が高いので、いつもマニュアル無しで素手で挑んでは不調の傷口を広げています。
 この際、IT用語は中国語を輸入してくれたらいいのに。そうしたら、年配の方にもっとパソコンが普及するのでは?

_ 玉青 ― 2009年05月02日 21時03分44秒

いや、冗談でなしに妙案かも。と思いましたが、でも↓を見ると結構判じものめいた感じですね。

★中国語パソコン辞典
 http://www.qiuyue.com/

下拉菜単(プルダウンメニュー)、点対点協議(PPP)、臭虫(バグ)…なるほど、という感じもしますが、うーんやっぱり難しい。

任務欄(タスクバー)、工具欄(ツールバー)、黙認値(デフォルト)、昇級(バージョンアップ)、格式化(フォーマット)なんかは良さげですね。

_ S.U ― 2009年05月03日 00時55分58秒

うーん。中国語は確かに難しいですね。でも、がっぷり四つに組めば、カタカナ語よりは勝負に持ち込めそうです。

_ 玉青 ― 2009年05月03日 19時54分03秒

先人の業に思いを馳せれば、そも「下拉菜単」何するものぞ。平成ノ士、幕末維新ノ気概ヲ以テ事ニ臨マバ、何事カ成ラザラン!(と、そこまで熱くならなくてもいいかもしれませんが。)

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