賢治とサイエンス・エイジ2009年07月02日 21時58分06秒

■以下、前の記事にいただいたS.Uさんのコメントへのレスを兼ねて■

「1秒間に100億回の衝突」というのは、大正11年に翻訳が出た、ジョン・ミルス著、寮佐吉訳『通俗電子及び量子論講話』という本に出てくる一節だそうですが、賢治はこれに強い印象を受けたようです。

「静の中の動」、「動を秘めた静」というのが、いかにも賢治的ですし、その点が賢治の心の琴線に触れたのでしょう。

『宮澤賢治 科学の世界』によれば、上の本は、「物理学に関する賢治の唯一の蔵書」だそうで、そのこともちょっと意外な感じがします。

訳者の寮佐吉については、お孫さんである作家の寮美千子氏が以下のようなまとめをされています。内容は、大正期におけるアインシュタインブームと通俗科学書の流行、その中で科学ライター・寮佐吉が果たした役割、そうした時代相と賢治の宇宙観・科学観の醸成との関連をめぐる一連の論考。

★HARMONIA :祖父の書斎/科学ライター寮佐吉
http://ryomichico.net/sakichi/index.html

賢治作品と大正時代の科学思潮との対応関係は、多分これまでもいろいろ論じられてきたのではないかと思いますが、とても興味深い問題です。あるいは賢治作品というのは、宮澤賢治という一個人を通じて受肉した、人類の巨大な知的跳躍の経験そのものではあるまいか…とまで言うと、つまらない駄法螺になってしまいますが。

ちょっとまじめに考えると、大正時代の科学至上主義の背後には、明瞭に軍事のテーマがあったはずなので、そのことに賢治がどう対峙したのかは気になる点です。

コメント

_ S.U ― 2009年07月02日 23時10分19秒

今回は、宇宙と宗教との関連の話よりはずっとよくわかりました。

ところで、賢治の作品では、「空間」というのが大事みたいですね。広い空間に象徴的な物や施設がポツンポツンと配置されていて、そこを人が旅をしてたどって行く、...というような。

分子が空間に浮かびながら旅をしていく、という事実にも同じ感覚が生じたのかもしれない、とふと思いました。

_ 玉青 ― 2009年07月03日 19時35分55秒

そう言えばそうですね。
賢治作品には、キャラクターが「経巡る」構造があるかもしれません。そして愛別離苦のテーマが。
彼が分子の運動に深く感じいったのも、賢治の原体験というか、基本的な体験様式が強く刺激されたから…というのは大いにありそうなことです。

_ shigeyuki ― 2009年07月03日 23時52分39秒

宮沢賢治について、それほど色々と知っているわけでもないのですが、ぼくの賢治に対する印象として、大きな物は二つあります。
一つ目は
●妹の死の辛さから樺太まで旅してしまったこと
●時折、ひとりで種山に登ったということ
という二点が、強く迫ってきます。何て極端な人なんだろうと。これは、空間的なものと精神的なものを同じレベルで考えてしまうという性質によるものではないかという気がしますね。
そして二つ目は、代表作の「銀河鉄道の夜」の最終稿でブルカニロ博士を削ったということです。ぼくはこの変更に賛成なのですが、これは、賢治の科学に対する姿勢の変換を考える上で重要なことのように思えます。

_ 玉青 ― 2009年07月04日 09時35分43秒

ブルカニロ博士というのは、饒舌なわりによく分からない人ですね。特に「実験の方法さえ決まれば、信仰も化学と同じことになる」というのが、私にはよく分からないです。

各自の信仰というものを、いったんカルチャーバウンドなものとして相対化してみせた後で、でも方法さえ見つかれば唯一絶対の信仰が見つかるのだ!と、少年相手にアジって見せるというのが、いかにも胡散臭い人物のように思えます。

思うに、賢治は自分の思索の途中経過を、仮にああいう形でメモ書きしたんじゃないでしょうか。(でも、最終稿にも依然「あからさまなアジテーション」の要素は残っているので、「銀河鉄道の夜」は、その点で文学として十分火が通ってないように、個人的に感じています。いずれにしても、あれは未定稿ですから、本当ならもっと手を入れるつもりだったのでしょうけれど。)

野尻抱影やフラマリオンは、愛する人の死を経験して、オカルトに傾斜した時期がありますが、賢治の場合も、科学と信仰のはざまに沈潜してゆくきっかけは、「死」の経験だったのでしょう。賢治の場合は、稀有の詩魂で、苦悩を文学作品として昇華しましたが、それは日本の文学にとっては至極幸いなことでした。

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