『星恋』 (1)2010年01月02日 15時06分32秒

(中央公論社版『星恋』。群青の地紙に僅かに朱と碧の星を点じた、恩地孝四郎のモダンな装丁)

正月ですので、和の情緒を出したいと思います。

といっても、私オリジナルの発想ではなくて、霞ヶ浦天体観測隊(by かすてんさん)の新年の記事(http://kasuten.blog81.fc2.com/blog-entry-1134.html)が、山口誓子の句で格調高く始まっていたのを拝見し、私もそのひそみにならうことにした次第です。

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『星恋』。敗戦の翌年に出た句文集です。
野尻抱影(1885-1977)の天文随筆と、山口誓子(1901-1994)の星を吟じた句を、月ごとに配列した一種のコラボレーション作品。

抱影は、戦後の荒廃した世相から逃れるようにして、昭和20年の晩秋からひたすら天文随筆の執筆に没頭し、その成果が後に名著 『星三百六十五夜』(昭和31年)として結実します。それと並行して、随筆ばかりでなしに、そこに詩文を配した本を出版することを思い立った抱影は、かねて天文詩人として敬服していた山口誓子に句の提供を依頼し、誓子の方も大乗り気で、旧作・新作を取り交ぜて抱影に送った結果できたのが、この 『星恋』 です。

日本の伝統的な美意識のフレームに、星空の情景を落とし込んだ貴重な作品であり、日本の天文趣味を大いに豊かにしてくれた本だと思います。

誓子と抱影は一回り以上年が離れており、しかも両者は昭和30年まで直接会ったことがないそうですが、互いに深く認め合い、誓子の主宰誌「天狼(てんろう、シリウスの漢名)」も、最初、抱影が誓子の句集の名前として提案したのを、後に誌名として採用したものだそうです。

ここで書誌的なことを書いておくと、『星恋』は最初、昭和21年に鎌倉書房から出て、昭和29年に中央公論から新版が出ました。上の写真は中央公論版。新版を出すにあたって、誓子は「天狼」主宰以来の50句を加え、抱影も新たな章を加えた上で文に手を入れています。また昭和61年には深夜叢書社から『定本・星恋』も出ています。

『星恋』 (2)2010年01月02日 15時16分09秒

(本の第一頁をかざる誓子の自筆句)

「星恋」の書名は、本書に収録された同名の随筆に由来するようです。
ここで抱影が恋慕している星は<カノープス>。
今でも天文イベントで、「カノープスを見る会」などが開かれますが、その火付け役は抱影でしょう。

「北へ緯度の高い土地から南の星を恋ふる気持にも、
この山へのあこがれに通じたものがある。〔…〕更に
南の果てに低く輝き出て程なく沈んでしまふ星とな
ると、なまじ見えるだけに、喜びと共に遣るせない
思ひをも誘はれるのである。

〔…〕日本の緯度では、アルゴー座の主星カノープ
ス、南極老人星がこれを代表する。しかも東京では
高度漸く二度、一月下旬からきさらぎ寒の頃、南の
地平のそれも町明りがなく、また朦気の少い夜でな
い限りは見ることはできない。南方では青白い爛々
たる超一等星だが、ここでは火星のやうに赤茶けて
ゐる。」

抱影はこれに続けて、信州更科の某夫人から送られた手記を引用します。
彼女は家の大屋根に梯子をかけて、カノープスを一目見ようと何度も試みるのですが、ある晩はるか南の地を這うように、見慣れぬ赤い星がちらちらするのを見ます。果たしてカノープスか?それともまだ誰も見ぬ新星か…?

「あこがれの星影と見たのは、遠くから自分の家へ風呂を貰いに来る提灯の灯だった。これだけでも句になると私は思ったが、更に提灯の主が炭焼の親子連れなのは、いかにも信濃の山村の寒夜情景らしくて、しばらくは私を陶然とさせてくれた。」

1月の章に収められている文章です。こういうのを抱影節というのでしょうね。
誓子も抱影に唱和して曰く、

 星恋の またひととせの はじめの夜

まさに新年を飾るにふさわしい句。
この本を思い出させてくれた、かすてんさんに改めてお礼申し上げます。