永遠のクシー君憧憬2010年01月13日 21時24分33秒

昨日からぐっと冷え込みました。
今日も全国各地で雪。

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この時期になると鴨沢祐仁氏(1952-2008)の訃を思い出します。
氏の死亡推定日は1月12日。
昨日は氏の三回忌にあたります。
そして、そのことを記事にするのもこれで3回目です。

写真は鴨沢氏の第1作品集、『クシー君の発明』(初版1980)。
以前から、PARCO出版から出た新装版(1998)は持っていましたが、少しでも氏の世界に近づきたいと思って、青林堂から出た初期の版を買い求めました。

氏がメジャーになってからの、ポップでカラフルなデザイン作品ももちろん悪くないのですが、ここに収められた初期の白黒コミック作品には、一種独特の味わいがあります。その味わいの根っこにあるものは何なのだろう?…と、ふと考えました。
鴨沢氏自身は、新装版のあとがきで次のように述べています。


 「読者の方にもよく昔の方が良かったと指摘される事が
多いのだけれど、ある意味で自分でもそう思う。絵を描く
技術は当時と比べて少しはうまくなったつもりだけれど、
75年から77年までのたった3年間に残した作品のテイスト
は、どんなに頑張っても二度と再現出来ない。センチメン
タルな言い方をすればあの3年間の作品がぼくの青春の
証だ。

 〔…〕当時のぼくのマンガの原料はわずかな貧しい資料
と幼年期の思い出だった。とりわけ思い出の比重は大きく、
幼稚園の隣に立っていた奇妙な天文台のドームやそこで
覗いた土星の輪っかや列車の操作場で遊んだ記憶、マッチ
箱の電車と呼んでいた花巻電鉄のボギー電車、地方都
市のちっぽけなデパートの屋上遊園地、鳴らないベーク
ライトのポータブルラジオや懐中電灯がおもちゃだった。
〔…〕当時の絵の独特のテイストがあのダサいノスタルジー
に在るのだとすれば、それはやはり幼年期の記憶に由来
するのだと思う。」


はるかなる幼年期への憧れ。ピュアネスを求める心。
こういうのは、公に口にすると一寸恥ずかしいという世間の常識もあるわけですが、でも、やはり人が生きていく上で、それは大切な心棒の1つになってるんじゃないでしょうか。

こうした世界に心を揺すぶられたのが、アーティストの小林健二氏(1957-)で、PARCO出版の本には、上の鴨沢氏の文章に続けて、小林氏が一文を寄せています。その思い出の記がまた私の心を揺さぶり、郷愁の渦はとどまることを知りませんが、それは次回に回します。

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ときに、寒さのせいもあるのでしょうか、また腰をやられました。
家人から運動不足が原因だと指摘され、何か良案はないかと探したところ、高砂部屋のマネージャー、松田哲博氏(元・一ノ矢)のブログに、腰痛には腰割りや四股が有効だとあるのを発見(http://blog.shimajikara.jp/?eid=944685)。

そこで思い付いたのが、「ムフ♪腰が痛いが四股踏む」。
上から読んでも、下から読んでも「ムフ♪」。

…という文章には若干嘘がまじっていて、実際には回文を思いついてから、松田氏の文章を探しました。まあ、いずれにしても、そんなことを考えるより先に、身体を動かした方がいいですね。