『雲級図』に見る<雲のある風景> ― 2010年03月15日 19時12分01秒
以下、海洋気象台の『雲級図』(大正11)より、図版をいくつか見てみます。
なお、雲の名称の後のカギカッコ内は、同書からとった雲の解説です。
なお、雲の名称の後のカギカッコ内は、同書からとった雲の解説です。
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層雲の図です。
「霧に似たる雲層なり、只地面より余程高き所に敷くを以て異なれり」
穏やかな川面を、艪を漕ぎながら進む船。
川辺の景観も静けさをたたえ、薄曇りの日に特有の憂いと落ち着きがよく表現されています。
これは雲の絵というよりも、明らかに風景画ですね。
海洋気象台スタッフ(名前不詳氏)の絵心が爆発している感じです。
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層巻雲。
「灰色又は青色を帯びたる雲の幕にして一面に天空を被う〔…〕之を透かして日や月を見るを得可きも恰も磨り硝子を通じて之を望むが如し」
図版は白黒以外に、このような青の一色刷りも使って、変化を出しています。
これもスケッチですが、写真と見まごうばかりの、確かな描写力を見せています。薄日のさす空の陰影の具合や、逆光に浮かぶ船のシルエットを見ると、相当デッサン修行を重ねた人のように思います。素直に巧い絵ですね。
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層積雲。
「暗黒色の雲の大団塊又は大長塊の集合せるものなり。〔…〕此雲は時には多数の大長塊が平行に併列し 互に相接触するが如きことあり、此長塊の中央は皆暗黒色を為す、而し塊と塊との間隙を通して青空を望み得べし」
こちらは写真です。でも、これまた明らかに「名画意識」というか、画面構成の妙を狙っているようです。
たなびく雲と黒々とした岬が横に長く並行し、それを断ち切る灯台の垂直線がアクセントになっています。灯台を黄金比の位置に入れた構図取りにも、美的感覚の横溢を感じます。
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巻雲。
「巻雲は典雅なる外観を有し、其組織は繊維状にして羽毛の如き形状を為し分裂する白色の雲なり」
「巻雲は典雅なる外観を有し、其組織は繊維状にして羽毛の如き形状を為し分裂する白色の雲なり」
これは雲の写真としては「まとも」というか、雲がちゃんと主役になっています。
でも、解説を読むと「典雅」というような、価値判断を含む語を使ってしまうところが、いかにも…という感じです。
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以上、海洋気象台の刊行物に垣間見える<美意識>に注目してみました。
しかし、これは気象台スタッフの個人的資質というよりは、雲や雨や風を五感で感じながら大空と向き合うとき、誰の内にも等しく湧きあがってくる想いなのかもしれません。
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気象学という学問が、そもそも美的なものなのか?
はたして学問には美的な分野と、そうでない分野があるのだろうか?
サイエンスとアートとの関係は?
…という風に考えると、なかなか大きく、込み入った問題になってきますが、これはまたいろいろな機会に、ゆっくり考えたいと思います。
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