タルホ・テレスコープ(1)2010年03月25日 20時07分06秒

アマチュア望遠鏡の歴史をちょっと巻き戻して、戦前に戻ります。
話題の主は稲垣足穂。
実は、しばらく前に常連コメンテーターであるS.U氏から、以下のようなメールをいただきました(ご本人の了解を得て引用)。

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〔…〕足穂を再読してみましたところ、重要な「論点」を忘れていたことを思い出しました。それは、足穂が買った望遠鏡についてです。〔…〕あまり世間で論じられていないが重要ネタのようなので、これについては御ブログへのコメントにしようか私信にしようかと迷ったのですが、〔…〕私信にさせていただきます。

足穂の自伝小説『愚かなる母の記』と『美しき穉き婦人に始まる』を見ると、彼が明石で母親と古着商を営んでいた時に、反射望遠鏡を買って身近な人たちに覗かせたことが載っています。古着屋の開店が昭和8年か9年、母が大阪の姉の元に連れて行かれたのが昭和10年だと推定されますので、これはおそらく昭和9年のことと思います(参照した年譜が不完全で確定的にはわかりません。)

私は、この望遠鏡について詳しく書いたものは見ていませんが、書かれた内容からして、例の中村要式反射望遠鏡とみて良いでしょうか。以下引用です。

  ◆  ◆  ◆

私は、卓上用反射望遠鏡と、サングラス及び接眼レンズ三個を買う決
心をした。(中略) 内側を黒に外側を真白に塗り上げられた直径三吋
ばかしの円筒の底部には、透きとおるような凹面鏡が置かれ、この奇
妙な鏡井戸の口の近くに小指の先程のプリズムが取り付けられて、外
郭から覗くようにしてあった。(稲垣足穂「美しき穉き婦人に始まる」より)

更に、われわれの一等おしまいの期間、私が組み立てたニュートン=
ハーシェル式反射鏡によって月の世界を覗いた途端、老女は、「まあ
綺麗、凄いようや」と嘆声を上げてから、いみじくも云い当てました。
「せめて百五十円も費ったらもっとよく見えるものが出来たであろうに―」
 (稲垣足穂「愚かなる母の記」より)

◆  ◆  ◆

私が調べたところ、中村要氏は、ハーシェル・ニュートン式というのを考案したらしいのですが、足穂の買ったのがそれそのものであるかどうかはわかりませんでした。よろしければ、またご存じのことをお教え下さい。

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おお、タルホ氏の望遠鏡!
私は稲垣足穂の愛読者ではないので(このサイトで彼を頻繁に取り上げているのは、主に私が勝手に作り上げたイナガキタルホのイメージに基づくものです)、この件は全く知りませんでした。あの脳髄だけで宇宙と対峙していたような怪人が、小さな望遠鏡で実観測をしていたとは!

中村要設計の「ハーシェル・ニュートン式」反射望遠鏡については、ふた月前にちょっと書きました。

■戦前の少年向け天体望遠鏡事情(2)
http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/01/19/4824123

最初、ハーシェル・ニュートン式というのが謎でした。
上の記事に載せた広告写真を見ると、望遠鏡の横っちょから覗く、普通のニュートン式にしか見えないからです。
しかし、以下のページで謎が解けました。

■中村要と反射望遠鏡(by加藤保美氏)
http://www.astrophotoclub.com/nakamurakaname/nakamurakaname.htm

要するに主鏡を傾けて、光路を遮らない位置に置いた副鏡で光束を直角に曲げて鏡筒外に出し、そこで接眼レンズで拡大するという方式。なるほど、まさにハーシェル式とニュートン式の折衷ですね。(検索してみると、自作望遠鏡だと、今でもこういう方式を試みる人が少なからずいるようです。)

この愛らしい反射望遠鏡と稲垣足穂のことを、以下少しメモ書きしておこうと思います。

(この項つづく)