トランクの中の宇宙2010年03月30日 21時06分48秒

昨日の寝言のような記事は、まさに寝言の類ですが(←眠かった)、なぜああいうことを書いたのか、一晩経ってから分かりました。

あそこには、やっぱり足穂からの連想が働いていたのです。
足穂はモノにこだわりながら、自身はほとんどモノを所有しなかった人で、それでいて常に心には驚異の念が満ちていた。そういう生き方と、我が身を引き比べて、嗟嘆する気持ちが込められていたのでしょう。

ヴンダーカンマーは脳の中に作れば十分じゃないか…
いや、人間は、世界は、それ自身すでに壮大なヴンダーカンマーそのものだ…
そう達観できる日が、いつか来ることを願うばかりです。

   ★

以下は、草下氏の前掲書からの孫引きで、足穂の友人・衣巻省三による足穂の描写(文中、「岡」は衣巻氏本人、「稲若」は足穂を指しています)。

 ■  ◇  ■

岡の最も親しい友達の稲若がそのⅠホールに住んで
ゐた。彼は、毎日そこの一室のトランクに原稿をひろげ
て書いてゐた。

彼の財産はこのトランク一個であった。その中には、バネ
付きのシルクハットや、今迄発表された原稿や、子供を
喜ばせる銀のピストルや、ボール紙製の星や三日月や
ペン、インクは云ふに及ばず、魔術の書物や、天文学の
本などが、ごっちゃに入れてあった。この有名な女嫌ひが、
女ばかり出入りする所にゐることは不自然に思はれるが、
彼ならこそ、そこで落着いて小説が書けるのであった。

(中略)

 稲若が岡と共に外出するときのスタイルは伊達なもの
だった。ヘルメットに白リンネルの服、コンビネーションの
夏靴、薄みどりの靴下をはいて、ハバナの細巻をくゆらして
ゐた。

            (「へんな界隈」、版画荘文庫所収、1937)

 ■  ◇  ■

「モダンボーイ」の香気を盛んに振りまいていた頃の足穂の姿。
上の文章にはいくらか文学的潤色があるかもしれませんが、それにしても格好いいですね。

まったく無一物となると、眉根にしわをよせた求道者めいてきて、それはそれで苦しそうですが、でもトランク一個にお気に入りのオブジェを詰め込んで…なんていうのは、軽やかで素敵です。

で、ここから連想を働かせて、トランクよりももっと小さな「タルホの匣(はこ)」というのを、先日作ったよ…という話に入ります。

(この項つづく)