タルホの匣…第4夜、結晶2010年04月06日 19時52分35秒

鉱物につづいて結晶の話。
これについては、この匣に収めるのに至極好適なものが既に手元にありました。
2年半前に既出の品です。(…このブログも本当に長くなりました。)


◆『結晶系とブラベー格子』(Crystal system & Bravais lattice)
  Junk Club 発行

我楽多倶楽部
を主宰する、とこさんが作られた理科豆本です。


開いた様子はこんな感じ。左は親指、右は小指ですから、その大きさ(小ささ)がお分かりいただけると思います。
ちなみに、蛍石は向って左ページに描かれた「面心立方晶系」に当るらしいです。

  ★

以下、足穂の『水晶物語』から主人公の少年の言葉。

  ◆◇◆

「何にしても人間よりは樹木の方が偉い。樹木よりも鉱物、
それも水晶のようなものがいっそう偉いのだ。人間も早く
鉱物のようになってしまったらよかろう。いや、いっそのこと
遠い星になって、いついつまでもひとりぼっちで輝いていたら
素敵だなあ……。」

「人間は云わば魚臭い一夜茸(ひとよだけ)でないか!」

「私は、植物に対するのと同様に、鉱物についても、研究
手引書を用意していました。その本の口絵には宝石族の
三色版が付いていて、ページには八面体、菱面体、樹枝状、
柱状、塊状などの図解が出ていました。また、焔色反応、
劈開、条痕板、モース氏硬度計等々についても述べられて
いました。私は秩父宮の名を新聞で見ると、きっとこの昔の
鉱物案内書を思い出します。というのも、本の終りに付いて
いた標本採集心得の中に、「東京近郊には先ず秩父がある」
という文句があったからです。この一事に限らず、樹木に
被われていない山々、その他辺鄙にある鉱石産地は、特に、
私に懐かしさをそそり立てました。そもそも私の家は、
外べは家族という星座を形作っていたものの、内部では
各員がめいめいに他者から離れようとしていました。ですから、
よその子供らでは犬や草花や昆虫や魚類に心を惹かれる
のが、私の場合は―そんな小うるさいことを抜きにした―
非情の水晶だの、黄銅鉱だの無煙炭だのに置き換えられて
いたわけです。」

  ◆◇◆

この主人公、最初読んだときは、こまっしゃくれた少年にしか思えませんでしたが、引用箇所の最後を読むと、意外に人間的な感懐を漏らしていますね。

人間は、人間であるゆえに、鉱物を愛する心の底には、やはり一抹の寂しさがあるのかもしれません。(以前の私は、そういう感情を鉱物趣味における一種の挟雑物だと考えていましたが、そうとばかり思わなくなったのは年齢のせいかも。―― それに、そもそも愛は人間の側にあり、鉱物に愛はないのですから。)