タルホの匣…第8夜、彗星と土星2010年04月10日 21時06分06秒

ちょっとタバコ関連の品が多すぎる気がしなくもないですが、自分がタバコをやらない申し訳に、もうひと品<シガレットカード>も入れました。

右は、イギリスのタバコ会社 John Player & Sons が、1916年に発行した土星のシガレットカード。左は、2001年に Les Astres (天体)シリーズの1つとして作られた、彗星のフェーヴです(※)。

後者のサイズは、わずか1.2センチ四方ですから、これまた小さな小さな宇宙の光景。
その小さな青い空を金色の彗星がシューと翔び、土星は思わせぶりに環を見せたり隠したりしています。

(※)フェーヴ(feve)は陶製の豆細工で、ガレット・デ・ロワという季節菓子に入れて楽しむ、フランスでは伝統的なものらしいです。(日本にも似たようなものがありますね。金沢の縁起菓子「福徳(ふっとく)」に入っている、小さな土人形とか。)
ただ、今はどうなんでしょう。お菓子とは切り離されたところで、コレクター向けの市場が形成され、日本の食玩と同じような性格に変質しているようにも見受けられます。

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「土星ってハイカラだね」
「すてきだよ」
「ほうきぼしもいいな」
「ほうきぼしもいい」
「きみ見たかい?」
「見た―きみは?」
「だいぶ前だ。夜中すぎに、北寄りの東のそらの果てにぼーっと幽霊みたいに浮き出したかと思うと、また見ているうちに薄らいでしまったので少うし怖かったよ」
 オットーは、彼が以前にいた外国の街で、夜明け近くの冷えた露台でパジャマ姿で天際をうかがったことを想わせる様子をして、附け足しました。
「ハリー彗星だろう―あんなものが宙をはしっているのはへんちきりんだ」

(稲垣足穂「天体嗜好症」…引用は新潮社版『稲垣足穂作品集』より)

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天体嗜好症(Uranoia)― タルホの造語です。
その名を冠した上掲作は実に不思議な味わいの作品。

気の合う友人、「私」とオットーは、「奇妙な永遠癖」あるいは「宇宙的郷愁」を主症状とするこの病に罹患し、「ハーヴァード氏の月世界旅行」なる卓上キネオラマづくりに熱中したり、紙製の天体を作って部屋中にぶら下げたり、天文学者のお爺さんを描いたお菓子屋のポスターにうっとりしたりします。

ある晩、オットーの提案で、ふたりはE氏の私設天文台を訪ねることに決めます。森閑と人影のない街。少年たちは、“Starry Night”という不思議なハッカ煙草を吸いながら、青いガス燈がどこまでも続く道を歩き、古めかしい洋館の並ぶ区画をひっそりと過ぎ、これが現実なのか、映画の一場面なのか判然としなくなった頃―。

「そら!」とオットーが指差した先には、銀梨地の星空の下に「オットーの服の色と同じ緑色の灯影が洩れた円屋根の影とが透かされました」。

…話はここで突然終っています。
「空虚で音のない感じ」や「奇妙な切断感」がいつまでも心に残る作品です。