『自然誌博物館』…博物学の穏やかな晩年2010年05月25日 20時57分21秒



一昨日の『自然誌博物館』の口絵。
何だか可愛い象ですね。そして、その可愛らしさを殊更に強調する書体。
この辺のデザイン感覚から、この本の性格(一般受けをねらったものであること)が伺えます。

肝心の本文にはどんなことが書かれているのでしょうか。
この本は買ってから本棚に置きっぱなしで、これまで中身を読んだことがなかったのですが、この機会に眺めてみることにしました。そこで出鱈目に本を開いたら、「ハリネズミ(hedgehog)」の項目には、こんな説明が書かれていました。

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「多くの人は、この毛を逆立てたウニをご存知だろう。田園地帯の真ん中に住まわれたことのある方、あるいは草深い生垣沿いに散歩したことのある方ならば、棘のある我が友にお会いになったことがあるにちがいない。然り!我々は、彼のことを謹んで友好的な御仁と見なそうではないか。たとえ彼が我々に背を向け、ありとあらゆる方向に向けて突き付けた、小さな銃剣の髪飾りを見せつけたにせよ。


「お待ちなさい!」と我が読者は申されよう。「ハリネズミはれっきとした害獣ですぞ。私が確かに知るところによれば、彼奴は牛からじかにミルクを盗むとのこと。またリンゴと梨を盗むのでも有名です。あるいは情け容赦のない卵泥棒です。その上しかも、これこそ我が心の内で彼奴めを非難する最大の理由ですが、彼奴らはなんとも不潔で汚らしい小獣なのです。何となれば、かの大プリニウスが観察したように、彼奴は自分の身体一面に尿を振り撒くことで、敵味方を問わずに嫌悪の情を催させ、それによって然るべき距離を取らせるのだとか。これについて、貴殿は何と申されましょう。それでもなお、彼奴のことを友とおっしゃるつもりか?」

せっかちな読者よ、しばしお待ちを。この殆ど無害な動物に加えられた、仮借のない非難についてご説明申し上げよう。まず第一に、いにしえの博物学者が断言した件については、まず間違いなく、根拠に乏しい豊かな想像力の産物と見なしてよかろうと思う。真実に照らせば、これは私自身が目撃した以下のような事実をよりどころとしているのに相違ない。すなわち、突如として吃驚させられると、動物は思わず液体を放出してしまうのである。第二にミルク泥棒の件についてであるが…」

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とても味わいのある文章ですね。叙述のスタイルがまさに博物誌的。18世紀(あるいはそれ以前)の伝統を引き継いだ、こういう人間臭い―実際、あらゆる記述が擬人主義に満ちています―学問的態度こそが、博物学流行の原因であり、同時にその衰退を招いた理由でもあったと思います。

19世紀後半に育ちつつあった、科学的生物学からすれば、こういう旧弊な学問は「好事家の道楽」以外の何物でもなく、学校教育から駆逐されても止むなし…という次第だったのでしょう。

まあ、今にして思えば、両者はそもそも別種の学問なので、共存共栄しても良かったわけですが、ブラックバスと在来種のようなもので、必ずしも<違う種類だから共存できる>わけでもなく、要は棲み分けがうまくいくかどうか。で、残念ながら当時の環境では、それができなかったのだろうと思います。