ジョバンニが見た世界…銀河のガラス模型(5)2010年06月12日 09時43分26秒

明日はいよいよ「はやぶさデー」ですね。
何となく落ち着きませんが、あわてず騒がず記事の方を続けます。

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この「ジョバンニが見た世界」という企画は、「現実に存在するアイテムで銀河鉄道の世界を再現する」ことが目的なので、創作めいたことは御法度です。しかし、この銀河のガラス模型については、現実世界に見出すことが望み薄なので、数寄心から(←大げさ)試作してみました。

最初は、透明硬化樹脂と銀ラメを使って、小林氏のモデルのようなものを作ろうと思ったのですが、技術がないし、費用もかかりそうだったので断念。既存のものを組み合わせて、何とかそれらしくできないかと思って注目したのが、昨日の松田氏のモデルなのです。

松田氏のモデルの良い点は、両凸レンズを使わなくも済むところ。大きな両凸レンズで、しかも曲率が大きいもの(=分厚く盛り上がったもの)は、あまり使い道がないせいか、探してもなかなか見つかりません。しかし、松田氏のモデルならば、とりあえず片面だけ凸ならばOKなので、ジャンク品でそれっぽいものが手に入りそうです。


実際に私が買ったのは、片面凹、片面凸のレンズで、元は照明機器に使われていたものだろうと思います。直径は大きければ大きいほど良かったのですが、とりあえず16センチ径で満足することにしました(それでも相当重いです)。

木枠は、東急ハンズで買った、24cm径の円形と八角形の板に穴開け加工をしてもらい、両者を接着して、適当に塗装しました。2枚の板を貼り合わせたのは、単にレンズの厚みに合わせるためですが、結果的に装飾性が増した感じです。

銀の粒はどうしようもないので、レンズの下に星の写真を敷いて、雰囲気だけ味わうことにします。探してみたら、アメリカで1950年代に市販されていた天体写真の中に、ヘルクレス座の球状星団(M13)を写したものがあって、サイズ的にぴったりでした。シートサイズはA3よりもさらに大きい、大判の写真セットです。当時のSky & Telescope 誌の広告を見ると、パロマー山天文台などで撮影された、この手の写真が盛んに売られており、これもその1枚でしょう。


以上の素材を組み合わせると、こんな感じ。


木枠からのレンズの盛り上がりもたっぷりとしています。


そっと覗けば、ガラスの海の底に、漆黒の空と一面の星!


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たぶん、これは賢治がイメージしたものとはだいぶ違うでしょう。
ですから、これはあくまでも「参考出品」という位置づけです。


何はなくとも、はやぶさ2010年06月13日 09時42分53秒

(↑NEC特設サイト http://www.nec.co.jp/ad/hayabusa/ より)

きのう今日と、はやぶさの動画を片っ端から見て、大いにテンションを上げているところです。

それにしても、はやぶさの帰還って、TV中継されないんですね。
NHKが特番まで組んだ「かぐや」の扱いに比べて、ちょっと可哀そうな気もしますが、その辺の寡黙さが、はやぶさには似合いかもしれません。
何といっても、かぐやと違って、はやぶさは男の子なんですから。

…というふうに、容易に擬人化を許すところが、人気の秘密なのでしょう。

満身創痍になっても、くじけず目標をめざし、目標を達成した瞬間に燃え尽きて消滅する。…あまりにもカッコよすぎる。機械にしておくには惜しい奴。

さあ、泣いても笑ってもあと13時間。
無事に帰ってくることを祈ります。

銀河のガラス模型…キュービック編(1)2010年06月15日 06時14分53秒

はやぶさも無事帰還を果たしました。
「けなげ」という言葉がよく似合う存在でしたね。
相手は機械とはいえ、最期の散華のシーンでは、思わず胸のうちで手を合わせ、後生を弔う気分になりました。
とにもかくにもお疲れさまでした。

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さて、銀河模型の話題を続けます。

近年、クリスタルガラスの中に銀河を封じ込めた模型が、いくつかのメーカーから売りに出ています。現実に存在する<銀河のガラス模型>といえば、こういう品がそれだということになります。

手元には、今のところ4種類あります。他にもあるかもしれませんが、とりあえずそれらを順番に見ていこうと思います。(形状も時代背景も合わないので、「ジョバンニが見た世界」というタイトルは外します。でも賢治つながりなので、カテゴリーは賢治に入れておきます。)

写真でもお分かりのように、同じ方法で同じものを目指したはずなのに、出来上がりは四者四様、かなり違います。その点に、現代の宇宙科学が提示する銀河像をふり返る手がかりもありそうです。

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本題に入る前に、こういうガラスのレーザー加工は一体いつから始まったのか?ということをメモ書きしておきます。

なかなかピッタリの情報が見つからなかったのですが、探しているうちに英語版のウィキに関連記述があるのに気付きました。

■Wikipedia:Laser engraving
 http://en.wikipedia.org/wiki/Laser_engraving
 (末尾に下記の記事が載っています。)

「要出典」の多い、ちょっとあやふやな記述ですが、参考までにあげておきます(文意不明の箇所が複数あるので超適当訳です。再引用不適)。


+++++++++++++++++(引用ここから)+++++++++++++++++++

『表面下レーザー彫刻(Sub-surface laser engraving ;SSLE)』

表面下レーザー彫刻とは、レーザー光の歪みを最小化するよう、光学的な透明性を備えたソリッドな素材(通常はガラス)を用い、その表面下に画像を彫刻する技法である。

1990年代後半に登場して以来、SSLEは低コスト化が進んでおり、今では小は3万5千ドル~6万ドル以下のものから、大は大型製品用の25万ドル以上するものまで、各種サイズの機械が存在する。ただし、徐々に入手しやすくなってきているとはいえ、これらの機械は現在でも世界中で2,3百台しか稼働していないものと推定されている[要出典]。これらの機械を適切に使用するには、費用のかさむ冷却、メンテナンス、それに較正作業calibrationを必要とすることが多い。

レーザー・ダイオード(すなわち、パルス固体レーザーを励起する心臓部)のおかげで、機械本体および一定時間内に実行可能な機能の単価は、おそらく3分の1程度まで低下している [要出典]。

過去5年間で、SSLEの利用によって、土産物用「クリスタル」や販促物品の内部に3D画像を作ることが低コスト化したため、大型ないし特大サイズのクリスタル・デザインを専門にするデザイナーはごく少数である。

3D画像や写真を撮影し、それをクリスタルに刻むという方法で、現在多くの企業が記念品の受注生産に応じている。販促部門や個人サービス部門の担当者(写真彫刻士)によっても、そのデザインと像の品質には非常に大きな差があり、各種グッズを大量生産している業者の場合は、たいてい刻み込む点の解像度を下げることで、半導体レーザーの延命を恒常的に図っている[要出典]。 

+++++++++++++++++(引用ここまで)+++++++++++++++++++

なるほど、10年ちょっと前に市場に登場したのですね。ええ、そんなものでしょう。そのときのことは何となく覚えています。
初めて見たときは、その製品にも技術にも、少なからず感動しました。当時はそれだけ「大した品」だったのです。それがいつの間にか陳腐化して、今ではお土産用のキーホルダーにまでなって、有り難味はすっかり薄れたのでした。

(この項つづく)

銀河のガラス模型…キュービック編(2)2010年06月16日 20時39分25秒



まずは、日本のリビングワールド社製の模型から見ていきます。
これは商品名を「太陽系のそと Beyond our solar system」といいます。


キューブの中心と銀河系の中心がずれているのは、キューブの中心に太陽系が来るよう作られているからです。一事が万事この調子で、作り手のこだわりが随所に感じられます。

この「太陽系のそと」には、12センチ角と7センチ角の大小2つのバージョンがあって、わが家のものは小さいサイズです。

同社からは最初に「大」が出たのですが、お値段はなんと84,000円。これは別に「ぼって」いるわけではなくて、素材も加工技術も一定の水準をクリアすると、自ずとそれぐらいになってしまうのだそうです。
しかし、さすがに誰でも買えるという値段ではないので、もっと多くの人に手にとってもらいたい…という願いを込めて、画像の精細度を多少犠牲にしたエコノミー版の「小」が、後から発売されました。こちらは15,750円というお値打ち価格。

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この品は購入順から言うと、いちばん新しく届いた品です。それを最初に取り上げる理由は、「銀河系モデル」というものの性格を説明するのに、最も相応しいと思うからです。付属のパンフレットには、その辺の事情がこう書かれています。


「私たちの銀河系を、こんなふうに外から見たことがある人間は、
まだ一人もいません。地球も以前はそうでした。
その姿を外から俯瞰的に見た人は、一人もいなかった。
〔…〕にも関わらず、世界地図はその何百年も前から存在している。
探索と測量と想像力で描かれた、情報と経験の集積。

〔…〕じつは銀河系の3Dデータも、大航海時代の世界地図と同じ
状況なのだそうです。すべてを知っている人はいない。銀河の
中心部を隠すガスの雲の向こう側は、電波望遠鏡などをつかっても、
まだ十分に捉えきれません。
最新の観測装置で捉えられる限りの恒星データと、コンピュータを
駆使した理論計算。そして、想像力で足りない部分を補いながら、
世界各地の研究者が銀河系の地図を描き、たがいに見比べている。
人類は宇宙について、そんな時代を生きている。」

大航海時代の世界地図と同じ状況―。分かりやすい比喩ですね。
モデルによって差がある理由は、現代の宇宙科学自体の制約に由来するわけです。

人類が宇宙の大航海に出発し、文字通りその目で銀河を俯瞰する日がくるかどうかは分かりませんが、理論と観測手段と計算能力の進歩によって、今後もさらに正確な地図が作られ続けることは間違いないでしょう。そうなると、こうした銀河模型は、昔の奇妙に歪んだ世界地図のように、アンティークムードを感じさせる品になるのかもしれません。

(とはいえ、現在の私たちは、仮に未来の「より正確な銀河地図」を見せられても、「え、どこが違うの?」という感じで、あまり差を感じないかもしれません。いっぽう未来の人は、現代の地図の歪みを鋭敏に感じ取ることでしょう。認識能力の向上とはそういうものだと思います。)

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この模型は、「国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト(4D2U)」のデータを元にしています。


「4D2Uの銀河系データは、小久保英一郎さん(国立天文台)と加藤恒彦さん(現大阪大学)が、理論シミュレーションの最新成果をもとにつくりだしたもの。世界でも、現時点でもっとも良質な銀河系のデータの一つとして認められているそうです。」
(上記付属パンフレットより)

補足すると、より直接的には、4D2Uのサブプロジェクト、「4次元デジタル宇宙ビューワー"Mitaka"(ミタカ)」で使われた銀河モデルを実体化したもの。Mitakaはフリーウェア(太っ腹!)なので、こちらもぜひダウンロードの上、ご覧ください(http://4d2u.nao.ac.jp/t/var/download/)。

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上に引用させていただいた内容を含め、製品についての解説や、商品開発の舞台裏は、リビングワールド社のサイトに詳細な記述があります。

■リビングワールド(トップページ)http://www.livingworld.net/
  □太陽系のそと(大サイズ版)http://www.livingworld.net/works/galaxy/
  □同(小サイズ版)http://www.livingworld.net/works/galaxy-mini/

銀河のガラス模型…キュービック編(3)2010年06月17日 20時54分19秒

昨日のリビングワールド社製の「太陽系のそと」に関するおまけ。
何だかお分かりでしょうか?


これは製品の外箱のアップです(箱全体は昨日の記事を参照)。


外箱の文字とイラストは、印刷ではなく、すべてレーザー加工です。
光によって紙の表面が見事に線刻されています。

こんな細部からも、同社のこだわりの一端が感じられますが、それにしても、レーザーっていろいろできるんですね。

ガリレオの指2010年06月18日 19時32分01秒

銀河模型の話が続いていますが、ちょっと話が単調なので、他の話題を割り込ませます。といっても、全く関係がないわけもでもなくて、銀河が星の群れだと発見した人、すなわちガリレオ・ガリレイ(1564-1642)の話題。

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先日、例によってメーリングリスト経由で、変わった記事を読みました。「ガリレオの指がフィレンツェの博物館に!」というニュースです(原文はこちら)。

検索してみたら、日本でも既に報じられていました。

短信なので全文引用させていただきます。

「17世紀のイタリアの天文学者、ガリレオ・ガリレイの2本の指が、
8日よりフィレンツェのガリレオ博物館で展示されている。
 展示されているのは、1642年に77歳で死去したガリレオの右手の
親指と中指。死後約100年後の1737年に行われた埋葬式典で、
フィレンツェのサンタ・クローチェ教会に遺体を移動させた時に、
ガリレオの賛美者たちによって指・歯・脊椎が切り取られていた。
 その後、ガリレオの指は何人もの美術コレクターの手にわたる
うちに行方不明に。脊椎は、ガリレオが20年間講師を務めたパドワ
大学で保管されていた。今回展示される親指と中指は、昨年ある
コレクターがオークションで他の美術品と一緒に偶然落札したという。
 ガリレオ博物館は、2年間閉鎖されていたフィレンツェの科学歴史
博物館が、8日に名称を変えてリニューアルオープンしたもの。
ガリレオの他の指は以前からこの博物館に常設展示されていた。
指のほかにガリレオの望遠鏡なども展示されている。」

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日本にも即身仏や仏舎利信仰がありますが、死後100年も経たない、まだ生々しさの感じられる遺体の指をポキンと折って珍蔵するというのは、現代の感覚からすれば、怪奇千万です。人間の肉体までもが、大っぴらにコレクションの対象となったヴンダーカンマー的志向のなせる業なのでしょうか。


ガラスの球に収められた、ガリレオの右中指。
いくら大偉人のものとはいえ、ふつうに考えればあまり気色のいい品ではありませんが、これこそ400年前に望遠鏡を握りしめ、銀河の正体にわなないた、まさにその指なのです。かつては紛れもなく血が通い、星を指し、ペンを走らせた指!

それを思えば、単に黴くさいばかりの、猟奇的な品とも言えないように思います。

ジョバンニが見た世界(番外編)…天気輪の柱をめぐって2010年06月19日 19時15分53秒

梅雨本番。夜になっても、星の光はまったく拝めません。
ガラスの銀河模型の話題は涼しげでいいのですが、蒸し暑さで鬱屈した気持ちをぶつける相手としては不適なので、今日も別の話題です。
以下、本日の天候そのままに、粘着的な長文です。

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『銀河鉄道の夜』に「天気輪の柱」という謎のアイテムが登場します。
まず、ジョバンニがいじわるな級友にからかわれ、親友カンパネルラとも気まずくなって、一人ぼっちで町はずれの丘に上るシーン。

そのまっ黒な、松や楢の林を越えると、俄かにがらんと
空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亘っている
のが見え、また頂の、天気輪の柱も見わけられたのでした。〔…〕
 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどか
するからだを、つめたい草に投げました。

ジョバンニはここで夢うつつの状態となり、銀河鉄道の世界に入り込んでいきます。そのイリュージョナルな体験の中で、天気輪の柱は不思議な変形をして、彼を銀河鉄道へと導きます。

そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつか
ぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、
ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それは
だんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、
濃い鋼青(こうせい)のそらの野原にたちました。いま新らしく
灼いたばかりの青い鋼の板のような、そらの野原に、
まっすぐにすきっと立ったのです。

天気輪の柱は、物語の最後でもう1回登場します。
現在もっともポピュラーな「第4次稿」にはありませんが、それ以前のブルカニロ博士が登場するバージョンでは、ブルカニロ博士がジョバンニと言葉を交わし、去って行く場面に天気輪が出てきます。(各バージョンは、渡辺宏氏の「銀河鉄道の夜・原稿の変遷」で読むことができます。http://why.kenji.ne.jp/douwa/ginga_f.html

「あゝではさよなら。これはさっきの切符です。」博士は小さく
折った緑いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。
そしてもうそのかたちは天気輪の柱の向ふに見えなくなって
ゐました。ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。そして
ポケットが大へん重くカチカチ鳴るのに気がつきました。林の
中でとまってそれをしらべて見ましたらあの緑いろのさっき
夢の中で見たあやしい天の切符の中に大きな二枚の金貨が
包んでありました。
(第3次稿より)

   ★

天気輪とは賢治の造語で、そういう物がこの世にあるわけではありません。
したがって、ウィキペディアが天気輪の説明として、 「天気輪、天気柱もしくは後生車は、おもに東北地方の寺や墓場の入り口付近に置かれている輪のついた石もしくは木製の柱のこと。〔…〕太陽柱といわれる気象現象の別名でもある」 とするのは、妙な叙述です。事実は「天気輪の正体として、後生車説や太陽柱説を唱える人もいる」というに過ぎません。

   ★

天気輪をめぐる諸説については、垣井由紀子氏によるレビューがあります(西田良子編著『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』、創元社、2003. pp.178-179.)。それによれば、大まかに言って、宗教的意味合いを重視して解釈する論と、天文現象に結びつける論とがあるようです。

前者に属するものとしては、たとえば仏教由来の石造物だと見なす諸説があります(「転法輪」説、「お天気柱」説、「法輪(車塔婆)」説など)。また法華経に説く「光り輝く七宝の塔」だとする説もあります。あるいはキリスト教と結び付けて、「ヤコブの『天の門』」説を唱える人もいます。さらに聖の空間の始まりの標であり、天上の異空間との通交の手段である「Cosmic Pillar(宇宙柱)」だという、難しげなことを言う人もいます。

後者としては、たとえば「太陽柱」(地平線下の太陽光が大気中の氷晶に反射されて地面から垂直に伸びあがって見える現象)説や、「テンキリン」を「天の麒麟」と考えて「きりん座」のことだとする説、あるいは「『北極軸』の具象化」説などがあります。

   ★

一見して、「言いたい放題」という印象を受けるのは私だけでしょうか。
天気輪の柱は、賢治作品の受容の仕方を考える際の、鋭敏な試薬のような気がしてなりません。つまりその解釈姿勢は、その人の賢治理解の全体像を示しているように思えるのです。

賢治自身、法華信仰や日蓮主義に入れ込んだりして、ファナティックな要素を持った人だと思いますが、その読者の側にもファナティックな色彩を持った人が少なくないと、私は睨んでいます。どうも、賢治作品にとり憑かれた人は、「これこそ賢治が言いたかったことに違いない」「我こそは賢治の真の理解者である」という、故なき直覚に捉われがちのようです。これは足穂ファンと較べた場合、賢治ファンの悪しき習性だと思います。

天気輪の柱は、常識的に作品を読めば、以下のような条件に合致するものでなければならないはずで、「光り輝く七宝の塔」や「太陽柱」などは、あえて奇説と呼ぶほかはないのではないでしょうか。テンキリン=天麒麟…。あまりといえばあんまりな…。

○舞台はイタリアっぽい外国、ないし無国籍風異国。
 (あまり抹香臭いものはどうでしょうね?)
○この物語は児童の目を通して叙述されている。そして天気輪はジョバンニに
 とって既知のものである。
 (いきなり「光り輝く七宝の塔」が出現したら、子供はビックリするのでは?)
○この作品には、地上の現実描写と天上の幻想描写の区別がある。天気輪の柱は
 現実世界に属し、手で触れることのできる物体である。
 (太陽柱は地平線上に出現するものですから、そのそばまで行って、その下で
 寝そべることはできないと思います。)

   ★

垣井由紀子氏は上記レビューの中で、天気輪の正体(=現時点における最善解)を明かしています。実は、賢治は他の詩の中でも天気輪という言葉を使っており、その指示対象は明白なのです。

「それは、最晩年に描かれた「文語詩稿一百編」に含まれる「病技師(二)」〔…〕の「天気輪」である。下書稿では「あへぎて丘をおり/地平をのぞむ五輪塔」となっていた。賢治は1924年3月24日の日付で五輪峠を訪れた時の印象を詩に書き留めている〔…〕が、それがもとになっていると思われる。」(上掲書、p. 179。なお、「病技師」の完成稿では、上の句は「あえぎてくれば丘のひら/地平をのぞむ天気輪」となっています。)

要するに、天気輪とはかつて五輪峠で見た五輪塔からイメージされたものであり、それに天気輪という新語を当てたのは、単に五輪塔と呼んだのでは不十分な、賢治独自のイメージ(天の気に呼応する存在)が加重されているからでしょう。いずれにしても、性格としては一種の宗教的モニュメントであり、形象としては五輪塔を引きずったシルエットなのだと思います。

(五輪塔がそうであるように、太陽柱や七宝の塔も、天気輪の柱のイメージ源の1つである可能性までは否定しませんが、天気輪の柱とイコールで結ぶことはできないというのが私の考えです。)

  ★

以下は蛇足です。もし天気輪が五輪塔に似ていて、それをバタ臭くしたような姿だったら、恰好のモデルがありますよ…という話。

そのモデルとは日時計です。特にオベリスク・サンダイヤルと呼ばれる石造日時計には、なかなかそれっぽい感じのものがあります。これは天気輪の正体をめぐる新説ではなくて、絵に描くとしたら、こんなイメージはどうだろうか?という、一種の「提案」に過ぎません。でも悪乗りすれば、賢治は‘Sundial’という単語から、「お天気の輪っか=天気輪」という言葉を思い付いたのだ!という奇説を主張したい気もします(←話半分に聞いてください)。

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Flickrにアップされている画像から、その実例をご覧ください。
 
http://www.flickr.com/photos/25269184@N00/350351928
スコットランドのドルモンド城の庭にあるオベリスク日時計。
なかなか洒落た、『銀河鉄道』の世界にふさわしいフォルムじゃないでしょうか。
 
http://www.flickr.com/photos/tollhouses/3979431867/in/pool-sundials
イギリス西部、コーンワルに立つオベリスク型日時計。
こちらは「柱」然とした姿です。日本のお寺の境内に立っていそうな感じもありますね。
 
柱に凹凸がつくと、何となく五輪塔に似てきます(イギリス、ロスオンワイ)。

人目につかぬ場所で、草むす中にひっそりと立っている日時計もあります。
イギリス北部の村、Great Urswickの教会墓地の光景。

さらにイギリスばかりでなく、ジョバンニたちの住む(?)イタリアにも途方もない例があります。

http://www.flickr.com/photos/jlcarmichael/3938505904/in/pool-sundials 
ローマのモンテチトリオ広場にあるアウグストゥス帝のオベリスク日時計。

台座を含め、全高は30メートル以上もあります。これならば、銀河鉄道に乗りこむ直前、ジョバンニの前に「まっすぐにすきっと立った」のも頷けますが、彼らが暮らす小さな町には一寸似つかわしくない気もします。

(この話題、しばらく後でまた続けます)

その後のジョバンニ2010年06月20日 08時52分40秒

人間の心にも、またその反映であるブログ記事にも、慣性の法則は働くもので、昨日からいろいろな想念が流れ続けています。何となくそのことを書かねば気が済まないので、これは全然天文とは関係ない、むしろ人事の話ですけれど、書きます。

   ★

『銀河鉄道の夜』はあの後どうなったんでしょうか?
考えれば考えるほど、あの物語は「美しいお話」では終わらないような気がします。賢治はそのことをどこまで念頭に置いてたんでしょうか。

カンパネルラはもういません。でも他の登場人物は、否応なくあの世界を生き続けねばならないわけで、そこにはさらにいろいろなエピソードが続くことでしょう。

北の国で消息を絶ったジョバンニのお父さんは、本当に帰ってくるのでしょうか?
先生は、銀河の話を次の理科の時間も続けると予告していました。ジョバンニはどんな気持ちでそれを聞くのでしょう。先生の説明に抗議して、車窓から見た銀河の光景を激しい言葉で語るんでしょうか?
カンパネルラのお父さんは、亡き愛息の部屋に佇んで、繰り返し慟哭することでしょうね。彼の後半生は、あの事件ですっかり思い描いていたコースを外れてしまいました。その思いや如何に?

いちばん気になるのは、ジョバンニとザネリの関係です。
自らを犠牲にして、他者を救うことの尊さを、ジョバンニは銀河の旅で学んだはずです。
しかし、現実の世界に立ち返り、再びザネリと毎日顔を合わせねばならないとなれば、ジョバンニの心中は複雑だったはずです。

相手は親友が身を挺して救った少年。親友の気持ちを考えれば、ジョバンニもザネリが救われたことを喜び、祝福しなければならないのでしょう。「でも、何でお前が生き残り、カンパネルラが死ななければならなかったんだ?お前が死ねばよかったんだ!」ジョバンニの心には、抑えても抑えきれないドス黒い怨念が繰り返し噴き出し、そのことが彼を非常に苦しめたんではないでしょうか。

さらに、ジョバンニはザネリを責める心の一方で、カンパネルラに対しても複雑な思いを抱いたかもしれません。一見、カンパネルラは勇気も思いやりもある、光輝に満ちた立派な少年のように見えます。でも考えてみれば、彼は生前ジョバンニよりもザネリたちを択んだのであって、やっぱり大勢から疎んじられるのは怖いと感じる、ふつうの少年に過ぎません。

「カンパネルラ、君は命がけでザネリを助けたくせに、なぜ僕を見捨てたんだい?なぜ僕ではなく、あんな奴らの仲間になったんだ?君は僕が川に落ちても、助けてくれたんだろうか?君がいなくなって、僕は本当にひとりぼっちになってしまったよ。君は自分が命を捨てたことを、お母さんが許してくれるかどうか気にしていたね。でも、僕が許すかどうかまでは考えなかったのかい?」

ザネリも辛かったでしょうね。ジョバンニからも、ほかの子供や大人たちからも、無言の圧力を感じて、「本当に、何で僕が生き残ってしまったんだろう!」と、後悔することもあったでしょう。ザネリの両親も、カンパネルラの両親と顔を合わせるのは辛かったはずです。あるいは、ザネリ一家はその後ひっそりと引越してしまったとか?

  ★

ジョバンニ(やザネリ)は、こんなふうに心に傷を抱えて、大人になっていくのでしょう。
どんな大人に?
父の後を継いで船乗りに?
苦学の末に教師となり、いつか教壇で銀河の話をするのでしょうか?

素顔ノ甲虫女王、現ハル!2010年06月20日 10時28分01秒

ジョバンニの記事を書きあげて朝食の席につき、おもむろに朝刊を開いたら、ワールドカップ報道のかたわらに、「えっ」と驚く記事が。
これは捨ててはおけないので、今日は2連投です。

自ブログをキャプチャーするのもどうかと思いますが、こんな記事が1年前あったのを覚えておいででしょうか。


内容は、ジェシカ・オーレックという人が制作した、日本の昆虫趣味に取材した奇怪なアメリカ映画、“Beetle Queen Conquers Tokyo”の紹介でした。記事を書いたときは、これは本気なのか、パロディなのか、制作意図をはかりかねていました。

そのジェシカさんが、今日の朝日新聞の「ひと」欄に登場し、映画制作の背景を語っています。(ジェシカさんて、こんな妙齢のご婦人だったんですね。)


+++++++++++++++++++++(引用ここから)+++++++++++++++++++++++

 屈折した昆虫少女だった。緑豊かなルイジアナ州やコロラド州で育
ち、幼稚園に入る前から大の虫好き。なのに、お気に入りの昆虫やヘビ
の皮を見せると、友だちも先生も露骨に不快な顔をした。
 「虫好きは米国ではすごく肩身が狭い。だれも家で虫なんか飼わない
し、デパートに売り場はない。変わり者扱いされるのが嫌で、中学以降
は昆虫趣味を隠しました」
 日本の昆虫熱を知ったのは2006年暮れ。博物館の講座で「大昔か
らトンボやチョウをめでた国。今でも昆虫をペットとして飼う」と知り、
脳天がしびれた。そんな夢のような国が地球上にあったんだ!
 にわか仕込みの日本知識と大学で習った撮影技法を携えて、07年夏、
初めて日本を訪ねた。2カ月の間に日光、東京、静岡、大阪、京都、兵
庫・たつのをめぐった。
 ごく普通の人々がスズムシとキリギリスの羽音の違いを識別できるこ
とに驚嘆し、ホタルを悲恋の象徴と感じる文学性にクラクラした。高級
車フェラーリに乗る昆虫業者に頼み込んで採集にも同行した。
 なぜ日本ではこれほど虫が愛されるのか。古事記や源氏物語まで調べ
てたどりついた結論は「もののあはれ」だ。「日本の人々は虫たちのは
かない生命に美を感じることができる。米市民にはその文化がない」
 初監督作品「カブト東京」が米国で公開中だが、客足はさえない。日
本で上映する方策を探っている。(文・山中季広 写真・坂本真理氏)
                                                        【朝日新聞 2010年6月20日】
+++++++++++++++++++++(引用ここまで)+++++++++++++++++++++++

本当に、本気で、まじめに作った映画だったとは!
アメリカには昆虫文化がほぼ完全に欠落しているようですね。
なるほど、それならば日本が驚異の国に見えても不思議ではありません。
我あめりか文化ヲ誤解セリ。

まあ、それにしても過剰解釈の入った変な映画であることには変わりがなく、日本で上映しても客足が伸びるかどうかは定かではありません。

銀河のガラス模型…キュービック編(4)2010年06月21日 21時36分38秒

昨日は、いつになくアクセスカウンタが回りました。
これこそ日本人が虫好きである何よりの証拠です。
(直接的には、例の朝日の記事がツイッターで呟かれたせいらしいですが、いずれにせよ、それだけジェシカさんの言葉が多くの人の心に響いたということでしょう。)

   ★

さて、話題を元に戻して、涼しげな銀河模型の話を続けます。
2番目の銀河はこれです。


6センチ角なので、リビングワールド社のものより小振りですが、細工はいっそう細かいです。

…と書き始めたところですが、体調と相談して、今日はゆっくり眠ることにします(暑さのせいか、少し疲れが出たようです)。模型の詳細はまた明日。