空の青、本の青(3)…19世紀のたそがれ、20世紀のあけぼの ― 2010年09月04日 19時36分58秒
【9月5日付記 画像が暗いので貼り替えました。】
↓奇妙な太陽断面図(左)と、皆既日食の図。
↓奇妙な太陽断面図(左)と、皆既日食の図。
太陽の黒点は、光り輝く大気に開いた「穴」であり、そこから暗黒の核(太陽本体)が見えている…という、19世紀のいわば「標準理論」を説いたものです。
さらに、本体と輝層の間には、少なくとも2層、おそらくはそれ以上の層状構造(殻)があり、それによって黒点の半影(半暗部)の存在は説明できるとされていました。しかも、それらの中間層が上層の熱と光をさえぎることで、太陽本体は、生物が住むのに適した環境になっている…とも考えられたのです。
これと同じ図は以前も出てきました。19世紀前半の天文教科書、『スミスの図解天文学』に載っていたものです。
この説は、ウィリアム・ハーシェルが1795年(※)に唱えたもので、天文学が急激な進歩を遂げた19世紀にあっても、ずいぶんと長いこと信じられていました。(彼は自説に絶対の自信があり、黒点(spots)という、比喩的で誤解を招きやすい古い言い方をやめて、自分は開口部(openings)という語を断固使うぞ!と、1801年の論文中で力説しました。)
(※)【9月5日付記】 1801年と書きましたが、上記の通り修正します。
しかし、本書『大空と宇宙で半時を』が出たのは1881年。さすがにこの奇説も再考が必要ではないか…ということが、子ども向きの本でも示唆されており、この辺に時代を感じるというか、歴史的興味を覚えるところです。
「しかし、太陽の内部で何が生じているかに関する我々の知識は、近年大きな進歩を遂げた。それは、最も遠くまで見通せるはずの天文学者でさえ、以前には想像すらできなかったようなやり方で成し遂げられたものだ。」
著者が言う大きな進歩とは、もちろん写真術と分光学のこと。
この2つの技術によってプロミネンスの正体が判明し、太陽が高温のガス球であること、そしてその表面では日々劇烈な現象が生じていることが、近年になって分かってきた…と著者は述べています。本書の中で、ハーシェル説はまだ辛うじて余命を保っていますが、「太陽人」は明らかに過去のものとなりつつありました。
★
「宇宙の旅」という章にも、20世紀の息吹が感じられます。
この章は太陽系を遊覧しながら、各惑星の様子を物語るという趣向で、そういうアイデアは昔からありそうですが、ここではその方法を真面目に考えているところが驚きです。
「しかし、いったいどんな乗り物が、我々の役に立つのだろう?我々は想像の妖精の翼に頼らねばならないのだろうか?あるいは、もっと現実味のあるものの力を借りることができるのか?〔…〕大気の力を借りないものとして、我々が唯一思い描ける機械は、ロケットの原理を応用したものだ。」
著者は、反作用の力で飛ぶロケットを使えば、大気のない宇宙でも進めることを正しく指摘し、将来の宇宙飛行に望みを託しています。これも20世紀との連続性を強く感じる部分です。(「ロケット工学の父」ツィオルコフスキーは、1881年にはまだ24歳。「近代ロケットの父」ゴダードに至ってはまだ誕生前ですから、この著者の先進性が分かります。)
ただし、さすがにロケットの具体像を描くことは手に余ったのか、「ロケット装置を考案するために、我々の想像力を拷問にかけるような真似はやめて、いっそ空想飛行の助けになってくれる、天然ロケットに乗りこもうじゃないか」と、読者を誘います。
著者がいう「天然ロケット」とは彗星のことです。彗星に乗って、太陽系を巡回しようというのです。(このアイデアは、1877年にジュール・ヴェルヌが発表した、『彗星飛行』(原題:Hector Servadac)に由来するのかもしれません。)
(この項つづく)
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