La Première Étape de la Deyrollisation au Japon: 日本のデロール化が始まった!2011年05月29日 10時52分56秒

…という記事が、昨日のフィガロ紙に載りました。
というのは、もちろん嘘で、下北沢に昨年オープンした「ダーウィンルーム」というお店が、ちょっとデロール風でいいね、ということを書きたかったのでした。

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以下、フィガロ紙ならぬ「下北沢経済新聞」から引用させていただきます。
http://shimokita.keizai.biz/headline/1044/

「下北沢に『ダーウィンルーム』-ザ・スタディールーム創業者が開く

〔…〕店舗面積は約15坪。図鑑を中心とした古書のほか、化石や鉱石、動物のはく製など、標本約200~300種類が並ぶ。価格は100円~87万円。「今のところ一番高額なものは、シマウマの子どものはく製(87万円)」とオーナーの清水隆夫さん。

〔…〕清水さんは1995年10月、雑貨店「THE STUDY ROOM(ザ・スタディールーム)」(北沢2)をオープン。「知ること、学ぶこと」をテーマにさまざまな教育雑貨を取り扱ってきた。2007年5月、「もっと教養的価値を楽しんでもらえる店を作りたい」と事業を後進に任せ辞任した。約3年の充電期間を経て、同店を開いた。」 (2010年11月2日号より)

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お店の公式サイトは↓です。

好奇心の森 ダーウィンルームDARWIN ROOM 
 http://www.darwinroom.com/

下北沢経済新聞には「事業を後進に任せ」云々とありますが、公式サイトの説明によると、その間いろいろ複雑な経緯があったようです。

そもそも、ザ・スタディルームhttp://www.thestudyroom.co.jp/index.html)の経営は、清水氏が創業した(株)ジーンという会社が行っていました。
同社は2004年に、いったんJR東日本グループの傘下に入ったのですが、どうも清水氏らジーン側と、親会社との間で、経営方針をめぐる対立があったらしく、結局、2007年に清水氏は、ジーンの社長職を辞任。さらに2009年にはジーン自体も解散して、ザ・スタディルームの経営権は現在、親会社側に移っているのだそうです。
要するに、今もあるザ・スタディルームは、清水氏とは無縁の存在であり、氏が当初思い描いていた姿とは、ちょっと別物になっているということです。

私は今日の今日まで、そういう事情をまったく知りませんでしたが、そう言われてみると、ザ・スタディルームの雰囲気が、一時期よりも、土産物屋的というか、王様のアイデア的というか(同店も既にないですね)、ちょっとチープな方向に振れているのが気になっていました。品揃えにこだわりが無いというか…。

ザ・スタディルームがそんな塩梅になっているのを横目に、清水氏が新たに立ち上げたのが、このダーウィンルームです。その目指すところは、自由で柔軟な精神としての“教養”の再生」のためのLiberal Arts Lab」たらんというもので、その心意気を買いたいですね。

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さて、気になる店舗の様子ですが、どうも詳しい紹介写真が見つかりません。
公式サイトにある「お店の風景」というタブも、何だか写真が小さくて見づらいです。
外部サイトですが、「rioのブログ」(by 今井様)の以下の記事に、クリックで拡大する画像があって、これがいちばん雰囲気が伝わって来るようです。
http://ameblo.jp/fundomshop/entry-10851121528.html

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話を冒頭のデロールに戻すと、この店はザ・スタディルーム的な「サイエンスグッズ」よりも、古書・剥製・標本など、ずばり「博物趣味」に軸足を置いていて、特に、ザ・スタディルーム時代には扱っていなかった剥製を手がけているのは、きっとデロールを参考にしたのでしょう。とりわけ店の看板娘(?)であるシマウマの剥製は、いかにもデロール臭い。

ただ、仮にこの想像が当たっているにしても、清水氏が目指しているのは、デロールそのものではなく、氏独自の世界観を発信する基地でしょうから、それを「デロール化」と呼ぶことは失礼に当たるかもしれません。

しかし。嗚呼、しかし!
デロールは、やはり博物好きの人間にとっては1つの聖地、シンボルなので、そういう店が、我が日の本にも出来たのは喜ばしいニュースには違いありません。

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ただ、それが「カフェ」(+α)という形態しか取り得ないところに、現在の日本の限界も同時に感じます。博物学オンリーでは、経営的にとても成り立たないのでしょう。

そして、店を支える人的資源がどうなっているかも、気になるところです。
本家デロールは、プロの研究者と互角に渡り合えるだけの知識を備えたスタッフを多数擁している(少なくとも昔はそうだった)と聞きます。
ダーウィンルームが、ムード先行の一時の仇花で終るのか、それとも真に博物学的教養のオーラを放射する場となるかは、ひとえにそこにかかっているような気がします。