ガラススライドの話2013年03月11日 05時39分30秒

北は大雪、南は夏日に煙霧。昨日から天気は荒れ模様です。
ともあれ今日は一日、鎮魂の日。

   ★

一昨日の記事に、コメント欄で質問を頂戴しました。今後の参考として、その内容をこちらにも上げておきます。お尋ねがあったのは、主に以下の2点。

1)ガラススライドとガラス乾板の異同について
2)ガラススライドの保存について

これに対して、私もズブの素人なのでよくは分からないながら、ネット情報を切り張りして、おおむね以下のようにお答えしました(強心臓ですね)。

1)ガラススライドは、支持体であるガラスの表面に、感光剤を含むエマルジョン層が乗っているという点で、ガラス乾板と基本的に同じ構造をしている。ただし、その用途は、フィルムよりも印画紙に類するものなので、光に対する感度が撮影用乾板よりも低く設定されているかもしれない。またいっそう大きな違いは、ガラススライドは画像層を保護するため、同大のガラス板でカバーされている点である。

2)このカバーガラスのおかげで、スライド上の画像はきわめて保存性が高く、ガラスが割れないよう気をつけさえすれば、あとはあまり保存条件に気を使わなくてもいいのではないか。

まあ、ガラススライドだって、温・湿度を管理をして保存した方がいいに決まってるでしょうが、絶えず外気にさらされている乾板・フィルム・紙焼き写真に比べれば、相対的に保存は楽だろう…というのが上の回答の趣旨です。

   ★

で、そもそも当時のガラススライドはどうやって作られたのか?
当時のスライド(ここでは天文関係に限定)を見ていると、一昨日のニュートン社のもののように、最初から専業メーカーが商品として販売したものもあるし、どうも学校の先生が教材として手作りしたらしいものもあって、その辺の製作事情はどうなっていたのかなあ…ということが気になっていました。

それがある日、古いスライドを取り寄せたら、下のような箱に入って届けられたので、ようやく疑問が解けました。


文面を拡大すると以下。


どうでしょう、文中の現像液の指示などは、人によっては興味深く思われるのではないでしょうか。要は、当時、ガラススライドの原板がこうして小売りされていて、写真機材が使える環境の人は、せっせとスライド作りに励んでいたということです。想像が裏付けされてスッキリしました。

ちなみに、Mawson & Swan という会社は、一昨日リンクを張ったデータベースによれば、19世紀末に営業していたことが確認できるイギリスの写真機材メーカーです(http://www.slides.uni-trier.de/organisation/index.php?id=1000958)。

スライドフィルムを使って、講演や学会発表用の資料を作った経験は、ある年齢より上の人にとっては近しいものでしょうが、100年前の人も苦労しながらスライドを作っていた姿が目に浮かびます。

なお、上の取説では、カバーガラスのことについては触れずに、定着が済んだ感光面にはニスを塗りなさいと指示しています。感光面の簡易保護法としてそういう方法もあったのか、あくまでもガラスをかぶせるための前処理であったのかは不明ですが、少なくとも、私の手元にあるスライドは全部カバーグラスが付いているので、ニス塗りだけで済ませるのが一般的だったとは考えにくいです。

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余談ですが、この箱が正方形をしているのは、モーソン社がイギリスのメーカーだからです。ガラススライドの標準サイズは、イギリスでは3.25インチ(約8.3cm)四方の正方形、アメリカでは4×3.25インチ(約10.2×8.3cm)の長方形でした(下の写真参照)。


コメント

_ S.U ― 2013年03月11日 07時52分00秒

おぉ、本記事にまでしていただきありがとうございます。
ガラスで挟むのが一般的でしたら、それ用のガラス板のストックも必要ですね。日本でも講演や学会発表用にガラススライドが作られた時代があったのでしょうか。処理の手間を考えると、発表しながら文字を訂正する人のいる今の「パワポ」と比べて「隔世」どころではない感があります。

 さて、現像液については私にはよくわかりませんが、ご参考までに現代の一般的なマイクロフィルム用(コピナール)、印画紙用(コレクト-ル)現像剤の安全用の成分シートをリンクしておきます。かなりの異同があるようですが私にはよくわかりません。安全用なので微量成分は省略されているかもしれません。

http://www.fujifilm.co.jp/msds/no4/msdspdf/JO160305GJP.pdf
http://www.fujifilm.co.jp/msds/no4/msdspdf/EG351105GJP.pdf

_ 玉青 ― 2013年03月12日 07時03分33秒

情報をありがとうございます。
なるほど、こういう製品安全データシートというものがあるのですね。

現像液については―というよりも、薬品名自体覚束ないので、記事の方の「オリジナル・レシピ」も適当に“読む人にお任せ”みたいにしてしまいましたが、それでは無責任なので、とりあえず自分用に、横のものを縦にしてみました(うーん、合ってますかね?)。

A液
焦性没食子酸〔ピロガロール〕Pyrogallic Acid  40グレーン(2.59g/以下概算)
ピロ亜硫酸カリウムMetabislphite potass 120グレーン(7.78g)
臭化アンモニウムBromide Ammonium  40グレーン(2.59g)
蒸留水 20オンス(591.5ml/英式液量単位換算)

B液
アンモニア水Liquor Ammonia 2.5ドラム(8.88ml/同上)
蒸留水 20オンス(591.5ml/同上)

で、改めて現代のものと比べてみると、確かにだいぶ違いがありそうですね。
ただ、ここでも化学式や化学反応が今一つ何ですので、あまり明瞭に何がどうと言えないのを遺憾とします。

_ S.U ― 2013年03月12日 19時53分47秒

いえいえ、私こそ現像剤の化学成分については投げっぱなしでさっぱりです。現代の物は何となく聞き覚えがある程度ではありますが、昔の物はあまり聞かない違う物のようですね。性格と仕様が違うのかもしれません。大概の仕様についてはWikipediaの「現像液」の項をご参照ください。

_ ねこぱんち ― 2013年03月12日 21時04分08秒

幻燈はこういったものでしょうか?

_ 玉青 ― 2013年03月16日 13時39分53秒

コメントへのお返事がすっかり遅くなりました。

○S.Uさま

現像液の項、読みました。なるほど、ピロガロールというのが昔と変わらず載っていますね。そうえいば、単なる連想ですが、「没食子」というのが、子どものころ読んだ昆虫図鑑の「虫こぶ」の項に出てきて、当時は何のこっちゃと思いました。

○ねこぱんちさま

「幻燈」という語は、字面がいいですね。たぶん、英語のmagic lantern の訳なのでしょうが、いかにも科学と魔術のあわいを彷徨っているような感じがします。

ここに登場した写真応用のガラススライドは、幻燈そのものといっていいのですが、幻燈用スライドには、もっと古い時代の、ガラスに絵柄をハンド・ペインティングした品も含まれるので、両者がイコールというわけではありません。そしてこの時代になると、人々も「もはやmagicでもあるまい」と思ったのか、単に「lantern」の一語で幻燈の意味をあらわす用法が一般化したように思います(記事中の箱にも、単に「lantern plate」と書かれています)。

日本における「幻燈」の語も、いかにも古風というか、戦後はもっぱら「スライド」という語に置き換わって、使われる機会が急速に減ったような気がします。

_ S.U ― 2013年03月16日 15時44分16秒

>「没食子」
 玉青少年はご幼少の砌より難しい漢語に触れられていたのですね。私は今回初めて知りました。

 化学的にはタンニンというキーワードで植物との関係が結びついているようですね。だいたいにいってこういうベンゼン環みたいなのがついている物質は生体的にはヤバいです。私の知識はこの程度。

_ 松本夏樹 ― 2013年03月17日 23時31分53秒

いつも楽しく拝見しております。ガラススライドは種板とよばれ、明治以降の写真応用ものには手彩色を加えたものがほとんどで、カバーガラスをかぶせて紙か布テープで縁止めしていますが、テープが傷んでいると水分が毛管現象でガラスの間に入り彩色が滲んでしまうことがあるので注意が必要です。ご参考までに。

_ 玉青 ― 2013年03月18日 21時57分02秒

ご教示ありがとうございました。
なるほど、毛管現象という厄介な伏兵の存在には気づきませんでした。相手が毛管現象となると、ガラスでピタッと覆われていても安心できず、むしろ、だからこそ危ないわけですね。さっそく湿気対策を考えることにします。

_ ねこぱんち ― 2013年03月31日 23時02分16秒

幻燈というものは確かに字面だけでも魅了的ですね。
phantasmagoriaという欧名も独特です。
余談ですが昨日,BSプレミアムの「ムカシネマ」という番組に上記の松本夏樹さんが登場なさっていて、驚いてしまいました。

_ 玉青 ― 2013年04月01日 21時11分43秒

おお、素晴らしい。
このささやかなブログが、いろいろな方と出会える場であることを嬉しく思います。

ときにファンタスマゴリア。私はたむらしげるさんのそればかり意識していましたが、改めてウィキに聞いたら、「幻灯機を用いた幽霊ショー」なんていう奇怪な(素敵な!)意味がもともとあったのですね。その記述を読んで、先日ねこぱんちさんに教えていただき、今も読んでいるミルハウザー、彼の「幻影師、アイゼンハイム」をすぐに思い浮かべました。

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