小さな活版所(3)2013年06月17日 21時20分46秒

雨が降り、雨が止み、枇杷が熟し、ノウゼンカズラが咲き、いよいよ夏です。
それにしても急に暑くなりましたね。昨日は今年初めてエアコンを入れました。

   ★

さて、土星堂の設備投資の話のつづきです。

「決して印刷をしない活版所」であっても、やっぱりムード作りに印刷機は欲しいので(私の場合ムードがすべてに優先します)、あまり場所を取らないものはないかなあとあれこれ物色しました。


で、ふと見つけたのがこの木箱です。


18×34cm、高さは9cmほどの、小さな箱ですが、中には印刷用具一式がきちんと収まっています。


小さな活字を納めたケースの脇には、インキ缶とインキを塗布する柄付きタンポ。(もう1つの穴開き容器は用途不明ですが、ひょっとしたらインキを加熱する道具かもしれません。)


活字セットの中には、字間を調整する込め物も含まれています。
当初は、行間を調整するインテルとか、もっといろいろ揃っていたのかもしれません。


鋳鉄や錬鉄の重厚さこそありませんが、その分、木の指物細工がいかにも愛らしく、グググッと回す赤いレバーなどは、まさにグーテンベルグの直系を感じさせます。

   ★

この印刷機は、フランスの業者が19世紀の品と称して売っていました。
売り手の文句によれば、「この品はフランス革命から第一帝政期にかけて活躍した、Gabriel Lérivint (1741-1823)将軍家に伝来したもので、旅先や戦場に携行したものでろう」云々というのですが、まあ、どこまで本当かは分かりません。

むしろ、そんな仰々しいものではなしに、ネームカードや、簡単な招待状を刷るぐらいがせいぜいではなかろうかとも思います。とはいえ、「19世紀のプリントゴッコ」のような、こういうパーソナルユースの印刷セットが、当時あったこと自体、なかなか興味深い事実です。

   ★

ついでですから、この印刷機の使用法を見ておきます。


この印刷機の心臓部は、右側の小さな木枠です。
ここに版を組んで、木ねじでがっしり固定したのでしょう。



あとは、活字にインクをなすりつけて、上に紙を置き、ハンドルをひょいと起して、木蓋の上からグリグリひねって圧をかければ一丁上がり。


木蓋の裏は圧が均一にかかるように、革が張ってありますが、かつて間違えて紙を置かずに刷ったことがあったらしく、よく見るとその圧痕が残っています。

   ★

最後に付言すると、現状は木に狂いが生じていて、肝心のレバーがちっとも回りません。また残された活字も印面が磨耗していて、実用にはならないでしょう。
というわけで、「印刷しない活版所」にこれ以上相応しい品はないのです。


 
では最後に、もう一度全員そろって記念撮影。これが土星堂活版舎の全貌です。


コメント

_ K.T. ― 2013年06月18日 15時48分08秒

北向きの窓から差し込む3/4逆光。
青みがかった銀灰色に浸されて、古い活字が鈍く光り、手あぶらの染みた木箱の香りまで感じられそうです。
画面の隅に、くすんだ金縁の丸眼鏡が写り込んでいる幻が見えるのは、わたくしが多くを望み過ぎているからでしょうか。

いつも拝読いたしております。
はじめてコメントさせて頂きました。
ご研究の、今後のより一層のご伸展を。

_ S.U ― 2013年06月18日 19時08分04秒

またまた、ちょっと食い下がってしまってすみませんが、現在、「小規模業者」でも買える「紙型」は販売されているのでしょうか。
 
 素人が紙型など作っても、つぎの鉛製版が困難でしょうから実用にはならないでしょうが、紙型を作っておけば、一応、成果を保管できますよね。

_ 玉青 ― 2013年06月18日 23時05分36秒

〇K.T.さま

美しいコメントをありがとうございます。
おかげで、なんだか自分の写真が実際以上に立ちまさって見えました。
たまたま撮った時刻が良かったので、K.T.さんが仰るような感じに写ったのかもしれませんね。
丸眼鏡は…まあ、あまり需要がないので(笑)、出しゃばるのは控えていますけれど、背後のガラスとかに、うっかり写り込んでいることがあるかもしれません。
今後とも、引き続きお立ち寄りいただければ幸いです。<(_ _)>

〇S.Uさま

いやあ、どうなんでしょうねえ。
こればかりはいくらS.U大人のお尋ねでも、私にそれをお聞きになるのは、まさに「木に縁って魚を求む」類ですので、どうぞご勘弁を。。。

ところで、アンチモンの方の話題ですが、例のウィキの記述を見ると、「用途」の項に、「活字合金(現在では活字はほとんど使用されなくなった)」と、何の迷いもなく書かれていて、ここまで言い切られると、いっそ気持ちがいいですが、しかし我々は奇しくも1つの偉大な時代が終わるのに際会したわけですよね。実に感慨深いです。

_ S.U ― 2013年06月19日 07時05分16秒

>紙型
 そうですよね。紙型から作る鉛版にちょっと思い入れがあったので(特に理由はありませんが)お尋ねしました。また、関連業者さんに会う機会があれば尋ねることにしましょう。

 たとえば、地方の小規模の印刷所から活版印刷が消えたのはいつ頃のことなのかよく知らないのですが、とにかく我々の生きている時代にグーテンベルク以来の歴史に一区切りがついたということは、間違いないですね。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック