『エルンスト・ホフマン博士のヨーロッパ産の蝶と蛾の幼虫図鑑』 … ある書肆との惜別2013年06月28日 20時20分59秒

法華経の話題から、どうやって通常の流れに戻すか悩ましいですが、まずは仏つながりで、仏教特有の時間観念である四劫(しこう)」の説について述べてみます。

「四劫」とは、世界が生成消滅する4段階を説いたもので、まず世界が生まれ、生き物が登場する成劫(じょうごう)、世界の恒常性の中で人間社会が栄える住劫(じゅうこう)、世界が徐々に崩壊してゆく壊劫(えこう)、世界が完全に消滅し空無になる空劫(くうこう)というサイクルがそれです。そして、仏説によれば、このサイクルは1回きりでなしに、これまでも、そしてこれからも無限に繰り返されるのだといいます。

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なぜこんなことを述べたかというと、ネットの世界にも同じような変遷がありはしないか…と感じたからです。「天文古玩」も長く続けていると、その間に多くのサイトの生成消滅を目にすることになります。あんなにキラキラ輝いていたページが、徐々に光を失い、そして閉鎖を告げる悲しいお知らせ。― いや、他人事でなしに、このブログだって、すでに「壊劫」に入っているのかもしれません。

寂しくはありますが、それも自然のプロセス(ちょっと特殊な自然ですが)の一部であり、一方に消えるページがあれば、他方、生まれるページもあり、その繰り返しの中に、ネットの生命(いのち)は宿っているのでしょう。

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海外の美しい博物学書を丁寧に紹介し、良心的な販売を続けてこられた「胡蝶書坊」(http://butterflybooks.jp/)さんが、この4月末日をもって閉店されたと知ったときも、非常に寂寞とした、あじきなき感じを味わいました。もちろん、いろいろなご事情があってのことでしょう。が、それにしても、「また1つの素晴らしい世界が失われたなあ」という、深い感慨を覚えたのでした。

胡蝶書坊さんのことは、かつて以下の記事でご紹介しました。

博物趣味は書棚から
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/01/05/5625265

その中で私は、胡蝶書坊さんが扱われた、エルンスト・ホフマン博士のヨーロッパ産の蝶と蛾の幼虫図鑑(1893)という美しい本に目と心を奪われて、自分でもどうしても欲しくなって、それを他の書店に発注した顛末を書きました。
そして、「この本のことはまた届いてから話題にしようと思います」と記事を結んだのですが、その後ずっと音無しの構えでした。雑事に紛れ、よそ事に気を取られ、いろいろ浮かれているうちに、その機会を失ってしまったのです。

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今になってそうすることに、どれだけの意味があるかは分かりませんが、胡蝶書坊さんという、美しい可憐な書肆がかつて存在したことを記録にとどめるために、ここに改めて、エルンスト・ホフマン博士の本を載せておこうと思います。


深い緑に金の文字、デコラティブな表紙絵。たて29.5cm、ほぼA4サイズの大型の本です。


背表紙の表情も愛らしい。


出てくるのは当然「いもむし、けむし」ばかりですから、そういうのが苦手な人にとっては嫌な絵かもしれませんが、しかしこの絵のタッチが、博物趣味にあふれていることは、誰もが認めるところでしょう。


植物も、虫体も、きわめてリアルに ― しかも写真とはまた別種のリアルさで ― 表現されているところに、博物画の魅力はあると感じます。


モノの配置、バランス、個々の形象、陰影…


そこには明らかに博物画特有の美意識があふれており、「博物画芸術」と呼びうるものが成立しているように思います。

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卵から幼虫・蛹を経て成虫となり、ひっそりと死んでいく。
この大世界のみならず、ちっぽけな虫の一生にも、四劫のサイクルはしっかりと見てとることができるのではないでしょうか。まさにミクロコスモスというわけです。