ある夜、お父さんが語ったかもしれないこと2013年08月01日 20時17分37秒

星って知ってるかい?
写真や絵なら知ってるよね。
でも、夜になると、ちゃんと空に光っている本物の星を見たこと、あるかな?
ああ、見たことあるんだ。偉いね。
何が偉いかって?何もなさそうな空でも、きちんと見上げるところが偉いよ。

で、いくつ見えたかな?
雲がないのに、1つも見えない時もあるよね。
よく探せば、2つ、3つ、4つぐらいは見つかるかな。
パッと見上げて、10個も見えたら、「今日はすごい星空だ」って、キミは思うんじゃないかな。

そう、それがキミたちが生きている、今の世界なんだよね。
星なんて、ちょっとしか見えないし、みんな星のことなんて気にもしてないし、夜空を見上げる人なんて、めったにいないもんね。

でもね、昔は空一面に星が見えたんだよ。
昔話って、何だかウソみたいに聞こえるけど、これはウソじゃない。
本当に空一面に、ザラザラ星が光ってたんだ。

そういう話って、キミたちにはどう聞こえるんだろう?
「昔の人は毛皮を着て、ヤリで狩りをしていた」とか、
「昔の日本の兵隊は、飛行機でアメリカの軍艦に体当たりした」とか、
何だかそんな話と同じように聞こえるのかな。

いくら「これは本当のことなんだ」と言っても、どこか本当じゃないような気がするんじゃないかな。さみしいことだけど、人間ていうのは、そういう風にできているらしいね。
自分で見ないと分からないことって、いっぱいあるけど、いつか本当にザラザラと星が光る空を見たら、「あ、やっぱりウソじゃなかった」って分かるよね。


そのときは、少し考えてほしいな。
毎日、空一面の星を見て暮らしていた昔の人たちに、「いつか、夜になっても星が見えない時代が来るよ」と言っても、きっと信じてもらえないだろうということを。

そのうえ、「その頃には夜になっても、地面にはいつでも影ができるし、全然昼間と変わらないんだよ。そして高い所に上ると、星よりもずっと明るい光が。足もと一面に、海のように広がっているんだよ」なんて言ったら、はたしてなんて思うだろうね。

どっちがいい時代なんだろう。
今の方が便利には違いないけど、大きな、大きなものが見えなくなったのは、何だか良くないような気もする。

あはは、何だかお父さんも、何が言いたいのか分からなくなってきたよ。
こんどの晴れた晩に、星が1つでも見えたら、またいっしょに考えてみようか。

   ★

…というようなことを、子どもが小さい頃に、もっと話しておくべきだったかと、ふと思いました。でも、それはお父さんの単なる自己満足で、子どもはアクビをかみ殺しているかもしれず、なかなか子育てとは難しいものです。

   ★

さて、天体議会の話題も、その他の話題も、まだまだ続きますが、
明日からしばらく留守にするので、次回の更新は週明けになります。
みなさま、よい週末を。

天体議会の世界…カボションカットの時計(1)2013年08月05日 17時16分33秒

小旅行から帰宅しました。
今回の旅は(私的ないろいろは別として)「天文古玩」的には、特記すべきこともないので、さっそく「天体議会」の話題を続けます。

   ★

学校をサボることに決めた主人公の二人が、さてこれからどうしようか相談する場面。

 「銅貨は硝子面を月長石〔ムーンストーン〕のようにカボションカットにしてある腕時計を確かめて、水蓮の意見を求めた。彼も同じカットをした自分の時計を一瞥した。近頃の流行〔はやり〕で級友たちの大半がこの型〔タイプ〕の腕時計を持っている。水蓮はそのうえ、鎖に白銅の硬貨を細工した飾りを繋いでいた。彼が自分で作ったもので、刻印された双魚〔ピスセス〕の輪郭を抜き、薄く熨〔の〕してある。腕を振りあげるたび、微かな金属音をたてた。」(p.20)


『天体議会』が描くのは、一言でいえば「涼しげな理科少年世界」で、いろいろそれっぽいアイテムが登場するのですが、細かくいえば、そこには「理科色」の強いアイテムと、「少年色」の強いアイテムとが混在しています。
ここに出てくる<腕時計>は、さしずめ後者の代表でしょう。また、ここには水蓮という少年の面影や性格もよく表れていて、一読、印象に残る描写です。

   ★

「カボションカット」とは、宝石の研磨法の一種で、ダイヤモンドのように複雑な多面体を削り出すのではなしに、表面を単純に丸く研磨するだけのもの。オパールや猫目石、月長石などが、その代表的な石種。要するに凸レンズ型の形状です。
↓の画像は相当盛り上がっていますが、もっと平たくする場合もあり、その厚みは時に応じてさまざまです。

(カボションカットされた月長石
出典:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Moonstone_cabochon_ring.jpg

ここで水蓮たちが身に着けていた腕時計は、いわゆる「ドームウォッチ」タイプの、凸レンズ型の風防ガラスを備えた時計のことだと思います。(私は最初、上の画像のような形を思い浮かべましたが、いろいろ探しても、どうもそんな時計はなさそうですし、そもそも、こんなに分厚いガラスが付いていたら、重くて肩が凝ってしまいます。)

それでも、なるべく盛り上がりの大きい時計を探してみました。


↑は「PARNIS」というブランドの、ドイツ製と称されるものの、本当は中国製らしい、ごく安手の時計です(少年たちが、仲間内の流行で身に着けるものですから、安価なほうがリアルな気もします)。ご覧のとおり、風防の盛り上がりはなかなかのもので、これならカボションの名に偽りなしです。


裏側はスケルトンになっていて、時計の動きが観察できます。


さらに竜頭(りゅうず)をロック/リリースできるギミックもあって、これらの特徴は、いかにも、あの世界の少年たちが好みそうです。

(この項つづく)

天体議会の世界…カボションカットの時計(2)2013年08月06日 20時47分54秒

(きのうの続き)

水蓮は、ここに硬貨を細工した双魚〔ピスセス〕の飾りを鎖で繋いでいました。
探したら、双魚(ピスセス)の刻印された白銅貨はすぐに見つかりました。

(アフリカの東、ソマリランドで2012年に発行された10シリング貨)

しかし、この双魚の輪郭を抜き、薄く熨すのはいささか難事です。
水蓮がどんな道具を使ってそれをやったのか、想像も付きません。
ここはしょうがないので、他のモノで代用です。


ちょうどうまい具合に、「双魚の輪郭を抜き、薄く熨し」たようなペンダントトップが見つかったので、これを流用します。


コインと並べてみると、魚のサイズがほぼ同じなので、このコインを加工したら、何故かこうなった…ということにしておきましょう。


全体はこんな感じです。
鉱石倶楽部で檸檬水(シトロンプレッセ)を頼み、時計を外してカウンターにコトリと置いたところ―と思っていただければ…。

天体議会の世界…アルビタイト(1)2013年08月07日 21時25分40秒

今日は立秋。
暑さは酷いですが、日はずいぶん短くなりました。
近所では盆踊り会場が、なかなかにぎわっていました。

   ★

さて、ちょっと叙述が前後しますが、カボションカットの時計の話題の直前に、水蓮と銅貨の関係と、水蓮の人柄をよく示すエピソードが書かれているので、そちらも見ておきます。

   ★

プラネタリウムの記事(http://mononoke.asablo.jp/blog/2013/07/25/6919879)の中でも触れたように、二人が出会ったのは、今から3年前のある冬の日でした。

水蓮は顔だちの綺麗な少年である。彼と知り合ったのはもう何年も前のことだが、銅貨はその日のことを、いまだによく覚えている。水蓮は季節はずれの転校生だった。
〔…中略…〕
「きょうからかい。」
 少年と目が合ったので、銅貨のほうから声をかけた。少年はものおじしない性質〔たち〕らしく、途端に笑みを浮かべてみせ、初対面の緊張はすぐにほぐれた。(pp.17-18)

プラネタリウムの広告燈の話題から始まって、鉱石の話題、天体の話題…二人はすぐに意気投合して、互いに似た嗜好、似た感性の持ち主であることを、強く感じ取りました。そして、次の名場面へと続きます。

「これ、きみにあげる。きょうの記念さ。」
 水蓮は鞄の中から、薄荷色〔はっかいろ〕の斑〔はん〕がある灰碧〔はいあお〕の石を取り出した。
「これは、」
「アルビタイト。前にいた北方の沿岸で拾ったんだ。ふつうはもっと灰色がかっているけど、これは碧〔あお〕がよく出てる。ちょっと瑪瑙〔めのう〕のようにも見えるだろう。受け取ってくれる。」
「ああ、もちろん、もちろんだよ。」
 あとでわかったのだが、水蓮が誰かに石を与えるということは、最高の信頼を示してのことなのだ。銅貨と水蓮は、そんなふうにして知り合った。」(p.19)


もちろん、これは創作〔おはなし〕に過ぎず、現実に二人の少年が、こんな出会いをすることはないでしょう。でも、創作にしても、美しい創作です。そして、そこには現実以上の真実が込められている気がします。そう感じるのは、おそらく水蓮の「石」に相当する<何か>を、誰かに与えた(あるいは与えられた)経験を、多くの人が有しているからでしょう。

   ★

さて、ここに出てくるアルビタイトについて、ちょっと触れておきたいのですが、長くなりそうなので、ここで記事を割ります。

(この項つづく)

天体議会の世界…アルビタイト(2)2013年08月08日 20時37分26秒

以下のページを拝見したら、アルビタイトについて、こう説明されていました。

日本翡翠情報センターのブログ
 http://kitade.stonesbazar.lolipop.jp/?eid=1178052

「アルバイト(曹長石)は鉱物標本が販売されていなくて、天然石ファンにはなじみがない。白い母岩がついたトルマリンを購入すれば、あの白いのがアルバイトだ。火成岩などの岩石を構成する造岩鉱物としてはじつにありふれた存在となっている。アルバイトを主成分とする岩石をアルビタイト(曹長岩)という。」

アルバイトアルビタイトという似た名称が登場していますが、要はアルバイトは岩石を構成する「鉱物」の一種であり、アルビタイトはアルバイトを主成分としつつも、他の鉱物(ものの本によれば、白雲母や石英など)を含んだ「岩石」の名称というわけです。

   ★

水蓮は、かつて北の海岸を歩いていた時に、澄んだ灰碧の石に心を惹かれ、拾い上げました。それはアルビタイトという、ごくありふれた石でしたが、彼にとってはそんなことは問題ではなく、心の通う石との出会いそのものが重要であり、また別の出会いの折に、その思いもろとも相手に石を託した…ということなのでしょう。

   ★

上記引用文によれば、アルバイトはありふれた存在すぎて、あまり標本としては流通していないようですが、こういう世の中ですから、探せばあります。
以下は、アルビタイトではなく、アルバイトとして販売されていたものですが、色合いはたぶん同じような感じでしょうから、水蓮の心をとらえた碧〔あお〕をそこに重ねてみます。

とはいえ、アルバイトの碧はちょっと捉えにくい色です。


↑の写真は、手元のディスプレイだと、かすかに緑っぽく見えます。肉眼では、たしかに「灰碧」と云っていい色なのですが、そのニュアンスがうまく写りません。


これはわりと実物に近い色ですが、本当はもう少し青味がかっています。


これがギリギリ実際に近く撮れた色。
たしかに、ちょっと青瑪瑙のようにも見えます。


まあ、写真には写らなくても、実物を前にして、水蓮の心情(真情)はジワッと伝わってくるので、とりあえず良しとしましょう。

   ★

明日から出張が入ったので、次回更新はまた週明けになります。

常ならぬモノをお手元に2013年08月12日 12時44分34秒

『天体議会』の続きを、とも思いましたが、何だか暑すぎてボーっとするので(年代物のエアコンのガスが抜けているらしく、部屋が冷えません)、他のことを書きます。

   ★

(2mを優に超えるホラアナグマ)

巨大なダチョウの剥製、更新世のホラアナグマの全身骨格標本、絶滅した鳥の羽根、ワニの化石、ドードー鳥の骨格模型、エピオルニス(象鳥)の卵、トリケラトプスの頭部化石…と聞いて、皆さん何を連想しますか。

おそらく、どこかの博物館の展示を想起されるのではないでしょうか。、

(装飾として鏡筒に鯨のひげを巻いた望遠鏡)

では、18世紀のフランス製反射望遠鏡、華麗なクジャクの剥製、昔の中国の鍼灸用人体模型、双頭の奇形牛の頭部剥製、アポロ12号と共に月まで行ってきた宇宙船操作マニュアルの1ページ…と続くとどうでしょう。

何となく混沌としてきますが、ひょっとしたら東大のインターメディアテクの展示か、あるいはどこかの数寄者が作った、現代版ヴンダーカンマーの一室を想像されるかもしれませんね。

(19世紀半ばの棺桶台)

さらに、ヴィクトリア時代のゴシック調棺桶台、フリーメーソンに関連する板絵、昔の道化マスク、昭和天皇の蝋人形(!)、他にも現代美術の何やかんや…と続けば、いっそうわけが分からないですが、やっぱり驚異の部屋系の何かかな?と思われることでしょう。

   ★

これら雑多な珍物は、実はすべて今度の9月5日、ロンドンのサウスケンジントンで開かれる、クリスティーズのオークションに出品される品々です。この珍妙なオークション、題して「OUT OF THE ORDINARY(常ならぬ物)」と云います。

OUT OF THE ORDINARY
  http://www.christies.com/sales/out-of-the-ordinary-london-september-2013/
  出品一覧はこちら[LINK
  ※個々の商品説明ページの画像をクリックすると、高精細画像を別ウィンドウで
    見ることができます。

その説明(下に適当訳)を読んでも、依然よく分からない企画ですが、クリスティーズ自身、どう自己規定すべきか、戸惑っているようにも見えます。あるいはイギリスにも「二八(にっぱち)」があって、8月はマーケットも低調だし、もう何でもいいや…という捨て鉢な企画なんでしょうか。

 「常ならぬ物」は、まさに今回限りの特別企画で、いつものクリスティーズ・サウスケンジントンとは一味違った品を入手できる、ユニークな機会をご提供いたします。ご用意したのは、いずれも一瞬で目を奪うもの、あるいは思わず人に話したくなるような興味深い来歴を持つものばかりです。しかも多くの品がオークション初登場。関連部門も多岐にわたりますので、8月5日から9月5日までの長期内覧となっております。皆様ぜひ足をお運びくださいませ。これぞまさに想像力を刺激する、驚異に満ちたセールです。

   ★

クリスティーズの真意はさておき、その「変さ」が人目を惹くのは確かで、しかもどの品も条件が許せば我が物とすることができるのですから、変なもの好きで且つ条件に恵まれた方は、ホラアナグマでも、棺桶台でも、おひとつご自宅にいかがでしょうか。


※今回の情報は、アメリカの驚異系ブログ、Morbid Anatomy さんの以下の記事を通じて知りました。
http://morbidanatomy.blogspot.jp/2013/08/out-of-ordinary-auction-september-5th.html


天体議会の世界…鉱石倶楽部幻想(1)2013年08月13日 20時35分36秒

最近、毎日のように夜中に目が覚めます。

今朝がたも3時頃にパチッと目が開きました。ご承知の通り、今日はペルセウス座流星群の極大日でしたから、ブラインドを上げ、そのまま床に横になって、窓の外をじっと眺めていました。空は美しく澄み、ほどなく明るい流れ星が1つ、スーッと空を横切りました。しばらくすると、こんどは小さな流れ星がスッと飛びました。でも、それっきり空は沈黙してしまい、私もまたいつの間にか眠りに落ちていました。

ビギナーズラックというのか、どうも最初は調子よく事が運ぶのに、後が続かないことってありますよね。今回もそれに近かったですが、でも、そのせいで、いっそう最初の流星の美しさが印象に残ったともいえます。

   ★

さて、「天体議会」のつづきです。

「八時前か。ひとまず朝食をとるっていうのが理想だな。どうせきみは抜いてきたろう。」
「いつもどおりさ。」
「ぢゃあ、きまりだ。」
水蓮は、銅貨の肩に軽く腕をまわして歩きだした。(p.20)

こうして二人は、ある場所へと向かいます。

彼らの行くところといえば、ただひとつ〔原文3字傍点〕にきまっていた。放課後、必ずといってよいほど足を向ける鉱石倶楽部のことだ。(pp.20-21)

(理科教具の老舗、前川合名会社()の昭和13(1938)のカタログより)

鉱石倶楽部―。
この第1章の章題にもなっている場所こそ、この小説において、理科趣味濃度が最も高い場所です。そこがどんな所かは、これまで何度も引用した記憶がありますが、これは何度繰り返しても良いので、また掲げます。


 名前のとおり、鉱石や岩石の標本、結晶、化石、貝類や昆虫の標本、貝殻、理化硝子などを売る店で品揃えは驚くほど雑多で豊富だった。この倶楽部で一日じゅう暇をつぶす蒐集家のため、麺麭〔パン〕や飲みものを注文できる店台〔カウンター〕もあった。

 鉱石は少年たちの小遣いで買える程度のものもあれば、羨望のまなざしを注ぐだけの高価なものまである。彼らは主に、比較的手に入れやすい鉱物の結晶を集めていた。方解石、クジャク石、ホタル石などの結晶は掌にのせて眺めるのも、光を透して屈折させてみるのも面白く、銅貨も水蓮も毎月、小遣いのほとんどをこの倶楽部で費やしている。(p.21)


弱冠13歳にして「行きつけの店」があるというのは、生意気ですが、羨ましい。
まあ、それはともかくとして、鉱石倶楽部は鉱物をはじめとする理科アイテムを揃えたショップなのですが、そこは決して明るく整然とした店ではありません。むしろ暗くて雑然としています。ただ、そのたたずまいには、作者・長野氏の美意識が凝縮されていると感じられるので、以下も何度目かの引用になりますが、店内の様子を見てみます。


 天井は伽藍のように高く、よく磨かれた太い柱で支えられている。柱は濃い朱色をしており、見たところでは石材か木製か判別しにくいが、手を触れてみれば芯まで冷たく、石でできていることがわかる。

 回廊をめぐらした二階があり、欄干は浮彫りの唐花〔とうか〕模様を施した重々しい構造で、花崗岩〔みかげ〕の床や天窓のある建物に、妙に合っていた。中央に、これも欄干に合わせて木製の階段が迫りあがるように急な勾配で二階までのび、昇りきったところに、幾何学模様の重厚な布が吊るしてある。或る種、博物館のような黴〔かび〕くさい雰囲気と、ガラン、とした広さが同時にあった。硝子戸棚や陳列台は互いに重なり合うように並んでいる。

 標本やレプリカ、さまざまな模型やホルマリン漬けの甲殻類などが、硝子戸棚に詰めこまれている。扉を開けた途端、荷崩れしそうな具合で、机の脚の下や階段の下には未整理のまま、荷箱に入れてあるだけの鉱石や貝殻が、数えきれないほど放置してあった。(p.24)


この古びた重厚なムード。現実世界でいうと、たぶん戦前の博物商や理科器具商が最もイメージ的に近い存在でしょう。あるいは昔の学校の博物標本室とか。


(同じく前川のカタログ口絵より。店舗全景と陳列場の一部)

ここで、話をそちらに持って行ってもいいのですが、先週の出張の合間に、鉱石倶楽部の姿を追って、あるお店と博物館を訪ねたので、そのことを書きます。

(この項つづく)


【※自分自身のための瑣末な注
 伝統ある同社は、その後「前川科学」へ、さらに「マリス」へと社名変更した後、ひっそりと店を閉じた…と思っていたのですが、下のページによれば、現在の「(株)リテン」と、どうやら系譜的につながっているようです。

午後の理科室:理科「教材・教具」関連会社
 http://www.eonet.ne.jp/~sugicon/gogo/01kyoto/company.html


鉱石倶楽部幻想(2)…インターメディアテクを訪ねる2013年08月14日 21時33分25秒

鉱石倶楽部のイメージを探るために、前から気になっていた場所を、今回初めて訪れました。一つは東京北区にある不思議なお店、CafeSAYAさんで、もう一つは例の(と、あえて言いましょう)東大のインターメディアテクです。

何といっても、鉱石倶楽部は「店舗」であり、同時に「或る種、博物館のような黴くさい雰囲気と、ガラン、とした広さ」を持った場所だというのですから、この2か所を訪ねることには理があります。

   ★

(旧東京中央郵便局を改装したJPタワー。インターメディアテクは、この2~3階の一部を占めています。)

残念だったのは、インターメディアテクが写真撮影禁止だったこと。
事前に目を通したリーフレットには、「禁止マークのついている展示物の撮影およびすべてのムービー撮影はご遠慮ください」、「撮影時、フラッシュおよび三脚等カメラを固定する物はご使用にならないでください」と書かれていたので、これさえ守れば、当然撮影はOKだと思っていました。

しかし、実際に訪れたら、受付で「当面は全面撮影禁止です」と言われて肩すかし。「当面」の意味は不明ですが、どうも今のところお客さんが多いので、人の流れを妨げる行為はダメのようです。

こういうのは言葉で説明するよりも、映像を見れば一発なので、とりあえず動画にリンクを張っておきます。


■JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
 http://www.youtube.com/watch?v=0pX4_5HVHjE

入館してまず目に付くのは、骨、骨、骨。フロアには、クジラやエピオルニスのような大物から、魚、カエル、コウモリにいたるまで、大小さまざまな骨格標本があちこちに置かれています。

歩を進めれば、鉱物の並ぶ一角があります。貝も並んでいます。さらに蟲が並び、キノコが並び、人体が並び、怪しげな生薬が並び、鳥の剥製がびっしりと並んでいます。

並んでいるのは、他の博物館とも共通するモノたちですが、インターメディアテクが他の博物館と異なるのは、それらの配列が分類学的配列をあえて無視して、一見乱雑に置かれていること、そして展示用具として机、棚、キャビネットなど古い什器類を(古色を付けて新作されたものも含めて)積極的に使用していることです。

これらの特徴は、もちろん館長の西野氏が一貫して追求して来られた、「驚異の部屋」再生の試みや、現代の学問が負っている歴史性の視覚化といった狙いがあるのでしょう。

インターメディアテクの展示自体は、これまでの小石川分館と本郷本館の総集編といった感じで、おなじみのモノも多く、目新しさは然程なかったというのが、偽らざる感想です。総じて「新しい試み」というよりも、「これまでの集大成」の色合いが濃い施設だと感じました。(今後の展示については、この限りではありませんが。)

もちろん、「空間」としての新味はあります。しかし、学術標本の集積から、これまでにない何か新しいストーリーを紡ぎ出すという意志は、そこにあまり感じられませんでした。

(インターメディアテクのフロア構成。公式リーフレットより。シワシワですみません)

ちょっと印象的だったのは、「ナイト・ミュージアム」という語が、複数の観覧者の口から洩れていたことです。あの映画に出てきたアメリカ自然史博物館(ニューヨーク)を彷彿とさせる空間に仕上がったことは、確かに西野氏の意図が過半成功したことを物語るものかもしれません。

   ★

この重厚な展示空間に置かれたモノたちが全部「商品」で、さらにその一角に、「パンや飲みものを注文できるカウンター」があったら、鉱石倶楽部のイメージに、かなり近いものができるかも…。

そこでCafeSAYAさん、というわけです。
こちらは気前よく写真撮り放題だったので、遠慮なしに撮らせていただきました。

(この項さらに続く)

鉱石倶楽部幻想(3)…cafeSAYAへ(前編)2013年08月16日 21時19分56秒

『天体議会』に登場する「鉱石気倶楽部」のイメージを追って、cafeSAYAへ。

cafeSAYAは東京の隅っこの小さな町にある小さなカフェです。鉱物や理科的グッズや豆本、活字なども販売しています」と、サイトのトップページに書かれている通りの、愛らしい(そして不思議な)たたずまいのお店です。
 
(古い木の棚に並ぶ鉱物標本)

作中の鉱石倶楽部は、「鉱石や岩石の標本、結晶、化石、貝類や昆虫の標本、貝殻、理化硝子などを売る店で品揃えは驚くほど雑多で豊富」であり、「この倶楽部で一日じゅう暇をつぶす蒐集家のため、麺麭〔パン〕や飲みものを注文できる店台〔カウンター〕もあ」ると書かれていますが、cafeSAYAには、たしかにそれと通い合う風情があります。
 
(ここも鉱石でいっぱい)

他のお客さんもいらっしゃるので、店内全景を撮ることは控えましたが、テーブルは窓際に2つのみ。かつてはカウンター席もあったとおぼしいですが、現在はそこにも理化硝子や理科趣味アクセサリーが置かれ、もともと決して広くはない店内の商品密度は、驚くほど高くなっています。「机の脚の下や階段の下には未整理のまま、荷箱に入れてあるだけの鉱石や貝殻が、数えきれないほど放置」されている鉱石倶楽部さながらの様相も垣間見られます。

 (元カウンター?)
 
(鉱石ラジオあり、モルフォ蝶あり、「品揃えは驚くほど雑多で豊富」です。)
 
(店舗の一角で幻想的に光るガラス製インシュレーター。電灯線を配線する際に使われた、ヴィンテージものの絶縁用碍子(がいし)です。その色形からコレクターも多いアイテム)

(cafeSAYAさんについては、まだ書くべきことも多いので、以下に続きます)