天体議会の世界…製図ペン(1)2013年08月29日 05時46分16秒

前回書いたように、天体議会の招集方法は、こっそりメンバーのロッカーや抽斗に開催通知を忍ばせておくというもので、その通知を作成するのは、「議長」である水蓮の役割です。

「本日、議会招集。ジュラルミンの天使およびアンタレスの星食観覧。集合時刻は午后五時。場所はいつものとおり、時間厳守のこと。十月二十二日、議長。印」
 理科教室の自分の抽斗をあけた銅貨は、外国郵便用の薄い紙〔オニオンスキン〕に書かれた文面を読んだ。製図用の極細ペンを使って書く水蓮の文字である。彼らしく角の尖った形のよい文字で、罫線もないのにまっすぐ揃っていた。(p.42)

水蓮という少年は、敏捷で、頭の回転が速く、向こう気が強い反面、繊細なところもあり、友情にはめっぽう厚く…と、理想化されたキャラとして描かれていますが(顔立ちがきれいというのも、長野ファンにとっては重要でしょう)、それらと並んで、「手先が器用」というのも、彼の特長の1つに数えられます。

彼は製図が得意で、作中には音楽部の友人に頼まれて、オペレッタの舞台装置の図面を引くシーンも出てきますが、それだけに製図用具に対しても、相当なこだわりを持っています。上の文中に「製図用の極細ペン」と出てくるのも、その表れ。

銅貨も目ざとくそれを見つけて、水蓮をやり込めます。

「水蓮はね、無計画すぎるよ。ほら、さっきの議会招集の連絡。また新しいペンで書いてたろう、製図用の。あんな高価なもの、月末に買うなんてどうかしてる。」
「違うよ、あれは。ちょっとした賭に勝って手に入れたんだ。ドロップコンパスとディバイダーは新しく買い替えたけどね。合金で針の安定感がまるで違う。」
「それぢゃ同じことだ。結局、出費してるってことさ。」
「まあ、そうだけど。」(p.46)

しかし、水蓮はまるで気にする風もありません。

水蓮はそう云って上衣の胸ポケットから、最新型の製図ペンを取り出した。ペン先が針のように細く、見るからに精巧な硝子質である。
「洋墨〔インク〕の出かたが滑らかで、従来のものとまるで違うんだ。これだと一ミリの幅にかるく十本の線を引くことができる。」(p.47)

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ちょっと意外に思われる方もいるでしょうが、製図道具類は、理系アンティーク市場において重要な取扱い品目になっていて、専門のコレクターも少なくありません。

『天体議会』の世界でも、水蓮の「製図趣味」は、強い理科的香気を放っていますが、この場合は純粋な理科というよりは、むしろ“エンジニアリング&テクノロジー的冷ややかさ”を感じさせる小道具といえるかもしれません。

(1950年代?の日本製の製図道具セット)

で、あらためて「製図用の極細ペン」というのを探してみたのですが、ここに書かれているような「精巧な硝子質」のペン先を持った製図ペンというのが、なかなか見つかりません。これはひょっとして作者の創作かもしれないのですが、製図ペンの現物を見ながら、もうちょっと考えてみます。

(製図ペンと製図道具一般の話題を追って、この項つづく)