天体議会の世界…ライカ犬の煙草2013年09月23日 09時05分28秒

こうして水蓮と銅貨はちょっとした「事件」を体験し、ふたたび天体議会の会場である海洋気象台まで引き返してきたのですが、時計はすでに7時過ぎ、完全に遅刻です。

屋上には天体議会のメンバーで、音楽部に所属する鷹彦が、たった一人居残り、両名が来るのを待っていました。「遅刻、ふたりともどこへ消えてたんだ。だいたい水蓮は自分で招集したくせに、責任取れよ。」と相当の腹立ちです。

「きみは帰らなかったのか。」
「待ってたのさ、きみたちを。皆が罰ゲームの監視をしとけって。ぼくがもう少し屋上で暇をつぶしてから帰るって、云ったものだからさ。」
 鷹彦は短くなった煙草を捨て、また新しく取り出して火を点けた。彼の傍まで螺旋階段を昇った水蓮は、鷹彦の手から煙草の包みを取って、それを眺めた。
「見かけない包装だな、これ。」
 夜天〔よぞら〕に氷河碧〔アイスブルー〕のロケットと人工天体の飛んでいる絵を背景に、大きく凛とした犬の貌〔かお〕が描いてある図案だった。文字は形も配置も見慣れないものである。
「ライカって読むのか、この文字〔アルファベット〕。ライカ犬の絵だな。人工衛星〔スプートニク〕に乗って宙〔そら〕を飛んだ犬だろう。この犬って回収されたっけ。」(p.68)

(原文通りのデザイン)

『天体議会』の世界は、物質文化の進展の様相が、現実世界とはかなり異なるので、一種のパラレルワールドのように思えるのですが、他方、このライカ犬とスプートニクのエピソードは、現実世界との接点を強く感じさせもします。

(薄紙製のパッケージの全体を開いたところ)

そして、この煙草は後ほどもう1回作中に登場します。
以下、音楽部の手伝いを自ら買って出た水蓮に、鷹彦が礼を言う場面。

「頼んだよ。劇が無事終了したら、何か奢るからさ。」
「それなら、いつかの煙草〔ライカ〕をくれよ。」
「気に入ったのか。」
「図柄がとくにね。」
 水蓮はライカ犬の絵を気に入って、包装紙を保存していた。彼は大変な犬好きなのだが、去年、愛犬〔ピカス〕を喪くしたときの落ちこみようがあまりにひどかったので、以来飼うことを禁じられている身だ。
「了解。父は近々、また衛星〔サテライト〕Aに行くと云ってたから頼んでおく。」(p.124)


(折り目に沿って再度パッケージを組み立てたところ。元はこんな感じだったようです。)

(同じく裏面)

   ★

『天体議会』の世界に、モノを通して分け入るのは、正直なかなか大変な作業ですが、このライカ犬の煙草は「本当の本物」を目にすることができる、数少ない作中アイテム。そしてまた、水蓮が強く惚れ込んだだけあって、なかなか素敵なデザインです。

付記】 
 本文をよく見たら、ライカはさらにもう1か所登場していました。ライカ好きは水蓮から銅貨にも伝染したようです。

 〔…〕兄は煙草を探していたが忘れて来たらしく、諦めて銅貨のほうを見た。
「ライカならあると思うけど。」
 学校のある日の癖で無意識に制服を着ていた銅貨は、上衣をさぐってライカの碧い包みを取り出した。〔…〕
「水蓮がこの包装を気に入って、このところいつもライカなんだ。」(p.187)

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