虹のかけら(1)…Rainbow Monkey2014年02月01日 21時49分59秒

早くも2月。時間の中を、風を切って飛ぶような感覚を覚えます。

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先日ご紹介した、クラフト・エヴィング商会の「星を売る店」展が好評のようです。

この展覧会は同社が扱っている商品の棚卸しという設定で、その中には「雲砂糖」のように架空の商品(純粋なアート作品)もあり、ピースの空き缶や同社が装丁を担当した「稲垣足穂全集」のように現実に存在するモノもあり、架空の存在のようでいながら現実に存在する(した)「夜光絵具」や「電気ホテル」、はたまた「エレファンツ・ブレス」という謎めいた色の塗料なんかもあり、まあいろいろです。

私も図録を味読して、その場を想像したり、物欲に駆られて購入に踏み切ったものもありますが、そのことはまた後で触れることにします。

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ところで、私の方も先日ネタの棚卸しをしたばかりですが、その中に虹の話題が混入していました。時あたかも良し、クラフト・エヴィング商会の歩みを回顧するにあたって、かつて同社の取扱品目に「人造虹製造猿」という逸品があったことに言及しないわけにはいきません。


それは彼らの作品集『どこかにいってしまったものたち』(筑摩書房、1997)の中で、「これぞ当商會「不在品目録」中、最もその不在が惜しまれている」ものとして紹介されている品です。


昭和3年に文化製造生活社から売り出され、外見は高さ30センチほどの猿の人形に過ぎませんが、両の掌には精巧なレンズが組み込まれ、体内には給水タンクを備え、スイッチを入れると合掌した手をゆっくりと開き、そこに一次虹、二次虹、反射虹、水平虹までも自在に現出させるという驚きの品。


今も残っているのは、人形を収めるための木箱と、特製の黒いファイルに綴じ込まれた解説書だけ(という設定)なのが、返す返すも惜しまれます。


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というわけで、虹の科学を縷々詳説することは、私の任ではありませんので、ここでは「虹のかけら」と題して、美しい虹の断片をちりばめたモノを順々に眺めることにします。

インフルエンザ2014年02月02日 17時54分41秒

いきなり高熱を発してうなっています。
簡易検査キットでは陰性でしたが、状況から見てインフルエンザでしょう。一応薬はもらってきました。
しばらくお休みします。
皆さまもお気をつけて。

虹のかけら(2)…リアル人造虹製造猿2014年02月07日 21時16分06秒

ベルリオーズ作曲「幻想交響曲」第5楽章、「魔女の夜宴の夢」。
ネットラジオからその旋律が流れてきた夕刻、ちょうどカラスが鳴きだしました。おや?と思ったら、その後もカラスは巧みな間合いで鳴き続け、大いに不思議の感を催しました。まあ、原曲のリズムと演奏のテンポが、たまたまカラスの自然な鳴きの間隔と一致しただけでしょうが、曲も曲であり、素敵に妖しいひと時でした。

ようやく自分の身体に戻って、こうしてどうでもいいことを書く元気も戻ってきました。
前回からずいぶん間が開いてしまいましたが、虹の話題を続けます。

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昭和初期、街頭で多くの人の喝さいを浴びた人造虹製造猿
たしかに、それはクラフト・エヴィング商会という手練れの幻影師が生み出した、美しい一場の幻にすぎません。
しかし、私はそれが単なる幻とは言い切れないことを知っています。なぜなら、私は人造虹製造猿の「亜種」を所有しているからです。


RAINBOW IN YOUR HAND。 掌中の虹。


その正体は、6cm ×13cm の小さな本(この本は、以前、どこかのミュージアムショップで購入しました)。

各ページには黒地に7色の帯がくっきりと印刷されており、これをパラパラやれば…


手の中に見事な虹のかけはしが!(…と言いつつ、片手でパラパラやりながらカメラを構えるのは難しいので、うまく写りませんでした。)

まあ、他愛ないといえば他愛ないんですが、虹というのは本来他愛ないものだと思います。そして、ここに現出する虹は、光学応用のそれではなく、人間の視覚特性 ― すなわち時間解像度の低さ ― に依拠しており、いわばヒトの脳内にのみ存在するという意味で、いっそう幻めいています。

かといって、では本物の虹が、リンゴや月と同じように外部世界に実在するのか…と問われれば、誰もが一瞬考え込むでしょう。結局、何が実で、何が虚か、追えば追うほど遠ざかるのが虹の本質である…というふうに、何となく奥深そうに(かつ無責任に)この一文を結びたいと思います。


「なるほど、人造虹は見事にできたね。ところで、猿はどうしたの?」と思う方もおられるでしょう。もちろん、猿は私自身が演じるわけです。この紙束を手に、昼下がりの街角に立ち、パラパラやってみせれば、これぞまさにリアル人造虹製造猿。

少なくともこの「猿」だけはリアルな存在に違いありません。(あるいは、それすらちょっと怪しいと思われるでしょうか?)

雪を横目にサロンへ2014年02月08日 20時33分42秒



猿の話は終わっても、虹の話はつづきます。でも、今日は一服。

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雨戸を開けたら、あっと驚きの雪景色。
こういう日は家で静かに…というのがセオリーですが、今日は名古屋・長者町のantique Salon さんを再訪しました。(昨年暮れに初めて訪問した際の記事はこちら。 http://mononoke.asablo.jp/blog/2013/12/09/7102683

雪をものともせず出向いたのは、もちろん気になるモノがあったからです。こういうときはどうしても少し気が急きますね。途中、何度か雪に足を取られそうになりました。

でも、そんなに慌てる必要はなかったことが、お店に着いてすぐに分かりました。

「今日はこんな天気ですから、どなたも来ないと思っていました」と、店主の市氏も仰っていましたが、店内には他に人影もなく、今日はいつもよりさらにゆったりとした時間が流れているようでした。

前回の訪問時は市氏が不在だったため、氏とお話しするのは今回が初めてです。
あのヴンダーな雰囲気の中で、氏のお話をじっくり伺うことができたのが、何といっても今日のいちばんの収穫です(しかも飲み物までごちそうになりながら。いかにも図太い客ですね)。

たくさんの貴重な品を前に(大ぶりの卵殻標本セットには本当にドキッとしました)、フランスでの買い付けのこと、今後のお店の方向性、博物趣味のこと、人骨の話(何ですかね)、他のお店の評判、その他個人的なあれこれ…。時の経つのを忘れるというのは、ああいうのをいうのでしょう。その間も、他のお客さんは本当に一人もいらっしゃらなかったので、市氏の胸中は知らず、私にとっては実に得難いひと時となりました。

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さて、肝心の「気になるモノ」についてですが、上に書いたような次第で、無事家まで連れて帰ることができました。これについては、ちょっともったいぶって記事を先送りにします(自分なりに調べたいこともありますので)。

掃除日和2014年02月09日 20時43分10秒

一転して上天気。
今日は普段行き届かない部屋の掃除をして、標本類の防虫剤を一通り替えて力尽きました。
以前、虫害を受けて落ち込んだ甲殻類の標本も、今回は無事で一安心。
疲れましたが、やっと肩の荷が下りました(無意識のうちに、いつかやらねば…というプレッシャーをずっと感じていたので)。

虹のかけら(3)…七色講演会(前編)2014年02月10日 21時48分01秒



虹を描いた19世紀の幻灯用の種板、すなわちガラス・スライドです。
木枠の外寸は16.5×10cm、中央の「窓」は約8cm四方で、そこにガラスをはめ込み、手彩色で絵を描いています。

こうしたスライド類は当時非常に人気を博したので、今でもわりと数が残っていますが、その出来は精粗さまざま。中でもこの虹のスライドは優品の部類だと思います。


作ったのは、当時の代表的なスライドメーカーのニュートン社。
木枠にがっちり押された刻印が頼もしい。

科学機器メーカーとしての同社のことは、以前もどこかで書いたと思いますが、今調べたら、以下のページにまとまった歴史が綴られていました。(Newton の項までスクロールしてください)。

Early Photography > Company Details  (Nで始まる会社一覧)
 http://www.earlyphotography.co.uk/site/companies3.html#N

それによると、同社は1704年創業を謳う、まことに古い会社で、まあそれは伝説に類するものかもしれませんが、少なくとも18世紀の後半には手広く商売を営んでいたようです。1830年代には営業品目に写真用機材が加わり、さらに幻灯用品の供給元として大いに賑わいました。上の種板は、同社が「Newton & Co.」の名称で、ロンドンのフリート街に店を構えていた1860年前後もので、日本ではまだ江戸時代ですから、やっぱり相当古いですね。
ニュートン社は20世紀に入っても存続していましたが、1940年代後半に他社の傘下に入り、この伝統を誇る老舗も、歴史の中にひっそりと消えていきました。

(↑電灯の明かりのせいで、色調が上とちょっと違って見えます。)

さて、そのスライドの内容ですが、木枠の側面を見ると、B15、16、18という通し番号があって、それぞれ「Scene 52 Rainbow」、「Scene 53 Rainbow」、「Scene 55 Double Rainbow」と書かれています。
この品は3枚セットで売られていましたが、本当はもっとたくさんの絵柄があり、さらに虹ばかりでなく、他の気象現象も含む浩瀚なレクチャーの一部を構成していたように思います。

その全貌は不明ですが、とりあえず残された3枚から、講演の内容を想像してみることにします。

(この項つづく)

虹のかけら(4)…七色講演会(後編)2014年02月11日 16時12分42秒

それでは通し番号の順にスライドを見ていきます。
「オッホン。さあて紳士淑女の皆さま方…」と、礼服を着こんだ男が、身振り手振りおかしく、舞台で熱弁をふるっている様を想像しながらご覧いただければと思います。

<シーン52>


空に大きな虹がかかっている絵です。おそらく虹の話題の導入となったスライドでしょう。

「さてさて、かような虹を皆さま方もご覧になったことがおありでしょう。
まこと美しき七色の橋。あの橋を渡って、ともに幸せの国に至らんと、若き日の思いのたけをぶつけたお相手が今お隣にいらっしゃる方は重畳。さなくとも、夢と憧れをいざなう、あの不思議な光の帯の正体を、皆さまはしかとご存じでしょうか?」

<シーン53>


上のシーンに続けて、プリズムの原理を説くスライドです。一転してお堅い科学談義に入ります。

「さあさあ、とくとごろうじろ。これぞ虹の七色の秘密。かのアイザック・ニュートン卿が見出した偉大なるプリズムの実験でござい。

右手より斜めに射しくる日の光、これが透明な硝子にぶつかって、ずんとそのまま突き抜ければ、何の不思議もございませんが、事実はさにあらず。硝子にぶつかった際に一度、さらに硝子より逃れ出る際にもう一度、このように光は二度までも折れ曲がり、これを光の屈折と申します。

しかも不思議なことに、この曲がり方は光の色によって異なり、赤はゆるく、紫はきつく、その他の色もめいめいてんでに曲がるのです。ために各色入り混じって、色目も定かならぬ日の光が、かように美しい七色の帯に変ずることと相成り、学者先生はこれを光のスペクトルと称します。

大空にかかる虹もまた、光のスペクトルに他ならぬのでございます。」

<シーン54>

手元では欠番になっていますが、もちろんオリジナルのセットには含まれていたはず。
内容は上のプリズムの実験を敷衍して、大気中に浮かぶ水滴がプリズムと同じ働きをすることを説明する図だったと想像します。おそらく、水滴による光の屈折と反射の様を拡大して描いた絵柄でしょう。

<シーン55>


地上の観察者が二重虹を見ている図です。
各高度の水滴が、上から「紫―赤―赤―紫」の光を目に届けている様を図示したもの。下側の主虹は、水滴内で1回反射(+2回屈折)、上の副虹は2回反射(+2回屈折)の光路を描いていることまで、細密に描かれています。

「慧眼の皆さまなれば、虹ができる仕組みは、ここまでのところで十分お分かりいただけたことと存じます。さらに、その鋭い眼を空に向ければ、折々、かような二重の虹をご覧になることもおありでしょう。水の粒に差し込む光は、ときに一度のみならず、二度までも粒のうちで反射して、薄い虹を生み出すことがあるのです。」

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…とまあ、適当に書きましたが、何となくこんな雰囲気ではなかったでしょうか。
こうしたスライド講演会は、予備知識を持たぬ一般の聴衆を相手にしたもので、口舌に優れた演者は、人気エンターテナーのような扱いを受けたとか。なかなか興味深い都市風俗です。


虹のかけら(5)…分光の驚異2014年02月12日 21時17分09秒

19世紀の天文学における「二大事件」といえば、写真術分光学の登場。その重要性は、おそらく17世紀における望遠鏡の発明に匹敵するものでしょう。ヒトはそれによって、遠く微かな天体の正体をたなごころに照らすかのように知る、強大な力を手に入れました。

その当時の熱い息吹をダイレクトに伝えるのが、このHenry Enfield Roscoe の大著、『スペクトル分析について(On Spectrum Analysis)』です(第3版、1873)。



…と知ったかぶりをして書いていますが、例によって中身は読んでいないので、ここでは表紙を飾る美しい虹色の帯を紹介するにとどめます。その虹の帯を横切るたくさんの暗線(吸収スペクトル)にも注目。このパターンこそ分光学の精髄にして、その最大の武器となった「物質の指紋」です。

(恒星と星雲のスペクトル図)

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この本はその後も版を重ねましたが、1885年刊の第4版を見たら、表紙の絵が輝線(発光スペクトル)に置き換わっていて、おや?と思いました。


理由はしかと分かりませんが、当時の装丁家は、このシャープで離散的な線に、一層科学的興趣を感じたのかもしれません。たしかに、これはこれでカッコいいですね。(上の写真は自前ではなく、本屋さんの商品写真の流用です。)

虹のかけら(6)…群れなす虹2014年02月13日 21時02分59秒

話をホンモノの虹に戻します。
とはいえ、これはホンモノの虹といえるのかどうか…?


1849年にロンドンで出た『天空の美(The Beauty of the Heavens)』(第4版)の口絵。空に虹が林立している、なんともすさまじい光景です。もちろんこれが実景のはずはないので、いくつかの印象的な虹を、1枚の絵に合成したものじゃないでしょうか。

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この本は副題を「宇宙における天文現象図示。104の光景に見る、天文学に関する分かりやすい講演とその絵解き」といいます。さまざまな天象を、手彩色の美しい砂目石版で絵解きした愛らしい本。
この本は将来「美しい天文古書の世界」を紹介する際に、もっと詳しくご紹介できればと思います(それだけの価値のある本です)。


著者のCharles F. Bluntは、タイトルページによれば、「天文学と自然哲学〔=科学の意〕の講演家にして、『望遠鏡の驚異』、『天文基礎講座』ほか著書多数」とあって、専門の学者というよりは、一般向けの著述・講演で身を立てていた人でしょう。きっとスライド講演を行う弁士でもあったと思います。


全巻の最後も虹の絵で締めくくっているところを見ると、著者はよほどの虹好きと見えます。

空のしるし二題2014年02月14日 20時30分17秒

今から5年前、2009年2月14日に掲載した絵葉書。

(1930年前後のイギリス製絵葉書)

星は、人によって、あるいは気分によって、こういう形を空に描くことがありますね。
たしかにこんな星座はありませんが、少なくとも、これはウサギや、カラスや、羅針盤なんかよりは、蓋然性の高い配列だと思います。

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最近購入した絵葉書。

(1926年の消印がある、同じくイギリス製の絵葉書)

よく似たシチュエーションです。
そしてこの配列もまた蓋然性は高いと思うのですが、そもそもこれは誰の目に映っている配列なのでしょう?何せ Old, old story だそうですから、海辺のお二人を除く誰の目にも明らかということでしょうか。

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まあ、外野のやっかみは見苦しいので、ご両人の幸を祈りつつ、ひっそりときびすを返すことにします。