天文古書の黄昏(1)2014年02月18日 20時42分29秒

昨日の「たそがれ部屋」は、一種の心象風景です。
そして、この部屋には、また別の黄昏がヒタヒタと忍び寄っているのです。
それは天文古書の黄昏。


「昨年、天文学史のコミュニティと固く結びついた貴重な店が、37年間に及ぶその歴史に幕を下ろした。
 マサチューセッツ州バーナードストン在住の天文古書の専門家、ポール・ルーサーが本の売買を始めたのは、1976年のことだ。彼はカタログを発行し、資料探しを手伝い、本を値踏みし、店頭販売を行った。私が彼を知ったのは、1970年代の終わりに「スカイ・アンド・テレスコープ」誌に載ったその広告を通じてである。」

…という書き出しの投稿を、天文学史のメーリングリストで目にしたのは、今月8日のことです。投稿者の「私」とは、ルーサー氏と同じくマサチューセッツに住む天文家で、地元の科学館スタッフである、リチャード・サンダーソン氏。

私はかつてサンダーソン氏のコラムで天文アンティークの存在を知り、さらに直接メールで教えを乞い、天文古玩的世界に足を踏み入れたので、いわばその道の師匠に当たる人です(参照 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/28/228802)。

サンダーソン氏はふだんメーリングリストの熱心な投稿者でもないので、そのお名前がパッと目についたのですが、話題の主であるポール・ルーサー氏も、私にとっては思い出深い名前であり、いったいどんなことが書かれているのか、思わず目をそばだてました。

「ルーサーは本を売ることで生活費を稼いだが、彼が提供したのは、単なる本以上のものだった。彼は多くの天文学史研究者、著述家、コレクターたちの友人であり、同僚でもあった。ポールは古い天文学書とその著者に関して、百科全書的知識を有し、その知識を惜しみなく分け与えてくれた。おかげで、私が長年購入してきた本たちの魅力も大いに増した。70年代当時の私にとって、天文古書の収集は芽吹いたばかりの趣味だったが、彼はそれを生涯にわたる情熱へと育ててくれたのだ。

ルーサーの書籍販売の経歴のうちには、多くの山場があった。1978年、彼はパーシヴァル・ローエルの有名な『火星』を、上質のハードカバー版として限定1000部で復刻した。同年、彼は「月刊・書籍と天文家」を発刊し、これは1980年まで続いた。ルーサーは「天文学史資料センター」の創設に努力し、もし必要な資金さえ集まっていたなら、それはきっと天文学史研究者のメッカになっていただろう。

このメーリングリストのメンバーの中には、1979年の7月14日と15日に、マサチューセッツ州グリーンフィールドで開催された、ポール・ルーサーの天文古書オークションに参加された方がおいでかもしれない。そこには16世紀まで遡る、500点以上もの文書が出品された。私の手元には、今でもこの記念すべきイベント会場から持ち帰った、ギャレット・サーヴィスの天文書全冊と、フラマリオンの『大気The Atmosphere』の美本が残されている。

ポール・ルーサーは何冊かの大部な書誌を出版し、天文古書研究に重要な貢献をした。彼が1989年に出した『天文家に関する書誌 Bibliography of Astronomers』は、500部限定で、19世紀の有名な天文著述家14名の著作を、微に入り細にわたってまとめたものである。2001年、ルーサーはコネティカットのマルチノ出版社と組んで、1890年に初版が出た『エジンバラ王立天文台クロウフォード文庫目録 Catalogue of the Crawford Library of the Royal Observatory, Edinburgh』の新装版を出した。その5年後、ルーサーとマルチノ社は、1884年にまとめられた『王立天文学会図書館 刊行蔵書目録集成 Printed Catalogues of the Library of the Royal Astronomical Society』を美しい2巻本として出版した〔引用者註:実際には1884年から1940年にかけて発刊された複数の目録をまとめたもの〕。これらの参考図書は、ルーサーが定期的に発行していた本のカタログと同様、天文古書のコレクターや書誌学研究者にとって無上の価値を持つものである。」


ここに出てくる天文書誌類は私の手元にもあります。こう書くと、何だかいっぱしの天文古書通のようですが、そうした本を座右において常に参照しているわけでもなく、「単にある」だけなので、無駄といえばまったくの無駄です。ただ、そうした本の向こうに仄見える「天文古書の壮大な森」に対する畏敬の念や、自分もそうした本を手元に置くことで、大いなる世界に参入する切符を手に入れたような気がして、何となく虚栄と自己満足の気配は感じましたが(その要素は十分あります)、思い切って購入したのでした。


それに、最後の2巻本の購入を勧めてくれたのはルーサー氏ご本人です。
以前、『天文家に関する書誌』についてメーリングリストで質問したところ、即座にルーサー氏がお便りをくれて、近刊の『王立天文学会…目録集』についても教えていただきました。そのときには、すでに氏の学殖が並々ならぬものであることが分かっていたので、迷わず予約注文しました。

…しかし、その頃にはルーサー氏の商売は、徐々に、そして急速に斜陽化しつつあったのです。

(長くなるので、ここで記事を割ります。この後、サンダーソン氏のメールは「黄昏」の核心に踏み込みます。)