幻想少年のつどい2014年06月01日 11時53分28秒

まったく暑いですね。
ついひと月前まで、最高気温が20度を切る日もあったぐらいですから、身体もまだ暑さへの備えができておらず、何だかおかしくなりそうです。
そんな中、先週から始まった涼しげなイベント。

(DMより)

第6回 ナツメヒロ 企画展:
 『幻想少年展 -おいしい鉱石のラボラトリエ-』

 ○会期: 2014年5月29日(木) ~ 6月22日(日)
        12:00~19:00 (定休日:火・水・祝)
 ○会場: ハイカラ雑貨店 ナツメヒロ
        神奈川県相模原市南区東林間5-16-20
        最寄り駅:小田急江ノ島線 東林間駅(MAP
 〇出品作家(敬称略):
   あらいあさみ、Artisan、お拾いもの、くうそうせかい、コヤヒロカ、siesta、
   スパン社、トリア商會、8号室、MYSTIC、Radiostar、朱々、少年鉱堂、
   Story Factory、地下室サーカス、流音
 ○HP: http://fude-bako.natsumehiro.com/?eid=812834

   ★

以下、イベント告知文より

 初夏の頃・草葉の緑と眩しさを増す日差し、時に降り続く雨…
 晴れならば清々しく、雨が降れば気怠く幻想的に。
 退屈な雨の日に密かに始まる少年たちのラボラトリエ。
 本や鉱石、植物や虫達、箱の中の宇宙…
 それぞれのコレクションを片手に、少年たちの不思議な実験が始まります…★

会場の相模原は、何かのついでというわけにいかず、多くの方にとっては、意識しないと行けない場所でしょう。かく言う私も伺える予定は全くないのですが、上の告知文はいたく心に沁みました。「ああ、いいなあ…」と。

ここでいう「幻想少年」とは、現実の少年ではなく、男性の心にも女性の心にも等しく存在する「少年的なるもの」の謂いでしょう。

少年のイメージといえば、何といっても大きな自由と可能性、そして純粋無垢。「彼」は己の内に強さと弱さ、聡明な智慧と大いなる無知を同時に抱えた、矛盾した存在でもあります(だからこそ、「彼」は可能性に富んでいるのです)。
もちろん、現実の少年はそんなものじゃないよ…ということは、誰もが知っていますけれど、人はついそういうイメージを少年に投影したくなりますね。まあ、無垢かどうかはさておき、少なくとも可能性だけは、現実の少年もたっぷり持っていますから。

   ★

幻想少年たちが息づく透明な世界。
永遠の初夏と永遠の学校生活が続くその世界で、少年たちは今日も四囲の探求を続け、驚異で心をいっぱいにしています。そのうちの一人は私の心の内に住む「彼」であり、また別の一人は皆さんの心の内に住む「彼」です。

今日もまたあの世界で会いましょう。

遠い日の天文台2014年06月02日 06時07分15秒



青い空 白い雲 
吹きわたる緑の風
丘の上の天文台
あるはずのない記憶―

   ★

ドイツ・チューリンゲンにあるゾンネベルグ天文台(1950年代の絵葉書)。
文句なしに明るく爽やかな景色のはずなのに、何かしら寂しさも感じます。
天文ドームが、あまりにもぽつねんとしているからでしょうか。

   ★

いよいよ6月。長い夏の始まりです。
頼まれ仕事があるので、今週はちょっと記事の間隔が空きます。

雨天に青い光を求めて2014年06月05日 23時08分49秒

日本の多くの地方が梅雨入り。
もともと雨は嫌いじゃありません。雨の音を聴いたり、雨に濡れた風景をボンヤリ眺めるのは好きです。しかし、生活する上で鬱陶しさがないわけでもありません。


今日、買う物があって東急ハンズに寄った際、小さなカミキリの標本に目が引き寄せられたのは、雨に対するそんな微妙な思いが作用していたのでしょう。


北海道産のハンノアオカミキリ。
決して稀な種類ではありませんし、北海道に固有というわけでもないのですが、この金属光沢をもった美しい青色の虫を見たとき、ふと梅雨のない北海道の空を感じたのでした。


そして、発売元のNature Science さんは札幌の教材会社だそうですから、この壜の中には、確かに北海道の空気が詰まっているのです。

おまけ2014年06月06日 06時40分08秒

雨が上がり、空が明るく光っています。
昨日のカミキリを、朝の光で撮りなおしてみました。
青からエメラルドに、見る角度によってその色合いは鮮やかに変わります。
平凡な比喩ですが、宝石のようだと思いました。



空から水が降ってくる惑星に住む、美しい生物。
「それにひきかえ…」と、いかにも無様な自分の姿を恥じます。

雨に備える2014年06月07日 09時11分22秒

梅雨らしい梅雨ですね。
降り詰め…ではないにしろ、降ったり止んだりを繰り返しています。
皆さん、雨への備えは万全でしょうか。
私も雨の季節に備えて、1冊の本を買いました。



■『日本の名随筆43 雨』
 中村汀女(編)、作品社、1986

雨にちなむ文章を編んだアンソロジー。
登場する筆者は、篠田桃紅、池田満寿夫、宮本輝、若山牧水、永井荷風、樋口一葉、山口瞳、岡本かの子、團伊玖磨…ほか多数。
雨の音を聞きながら、窓辺で読むにはもってこいの1冊です。


ときに、この「日本の名随筆」シリーズ。
タイトルとなっているテーマが異常に多くて、私がこれまで読んだのは、『星座』と『老』ぐらいですが、他にも雪もあれば風もあり、酒とくれば肴、男には女、花に鳥、犬と猫、山、海、月、虫、夢、死、婚、葬、友、客、貧、時、駅、悪、噂、嘘…等々、どんな気分のときでも、心にかなう1冊が見つかりそうな気がします。


夏草のさやぐ図譜2014年06月08日 10時12分26秒

涼しげな植物画が届きました。

■Graser's naturwissenschaftliche und landwirtschaftliche Tafel Nr. 16
 Dr. Raschkes Tafel der Wald- und Wasserpflanzen.

独・グラーザー社の「図解・科学と農業」シリーズの第16図、「森林と水辺の植物」。

このシリーズは、鉱物、植物、動物の3界にまたがる自然界のさまざまな対象を大判の図で表したもので、甲虫とか、蝶とか、野鳥とか、愛らしい図がいろいろあります。監修者のRaschke博士の何者たるかは知りませんが、このシリーズの幾枚かは博士が監修しています。


このシリーズは20世紀の初頭から戦後に至るまで、いろいろな判型で出ていますが、手元のものは1920年代頃の品で、ご覧のように「本」の表情をしています。あるいは、これは以前の持ち主が独自に装丁させたものかもしれません(ほかに類例を見たことがありません)。


「表紙」を開くと、薄茶のキャンバス地で裏打ちされた図が折りたたまれています。


全体は93×69cmほどの大判の図で、私の机の上では広げることもままなりません。


床に広げるとこんな感じ(光が届かないので暗い写真になりました)。
身近な野草を科ごとに配列し、それぞれ代表種を1種ないし数種図示しています。登場するのは全73種。

以下、細部の画像。



石版の刷りが美しく、色合いもスッキリしています。



種類よっては部位の拡大図を載せ、またそれぞれ花期が添え書きされています。

   ★

植物はいいですね。
もちろん現実の植物がいちばんですが、こうして絵になった植物もやさしげです。
ひるがえって人間はどうかというと、あまり芳しくない話も聞きますが、でも植物的なやさしさを感じさせる人もいて、この絵図のある部分にそれを強く感じたので、次にそのことを書きます。

(次回につづく)

水の星につどう人々2014年06月10日 05時11分14秒

(前回のつづき)


記事を書くにあたって、この図をしげしげ眺めたら、裏地に謎のスタンプが押されているのに気づきました。


目をこらすと、

 Aquarien-u. Terrarien
      Verein  
   * Wasserstern *
    Charlottenburg

と読めます。

ヴァッサーシュテルン
、すなわち「水の星」。
これは水生植物の「アワゴケ」類のドイツ名だそうです。アワゴケは「コケ」といっても、いわゆる苔の仲間ではなくて、オオバコ科に属する植物。そして、シャーロッテンブルグはベルリンの地名。

(アワゴケ属ミズハコベ。ウィキペディアより)

ということは、このスタンプが意味するのは、
シャーロッテンブルグ水陸自然愛好会「アワゴケ倶楽部」?
委細不明ながら、なんとなくそういう団体が戦前のベルリンで活動していたのでしょう。
そして、この図譜は彼らの所有するところだったのでしょう。

なんとなく優しい話だと思いました。
しかし、心優しい彼らも、じきに暗い歴史に呑み込まれていったことを考えると、やはり人間の業というものも感じます。

【付記】 残念ながら、この図譜にアワゴケは載っていませんでした。

椅子還る2014年06月11日 05時58分46秒



椅子が修理から戻ってきました。
スプリングがすっかりダメになってしまい、座っているうちにお尻と腰が痛くなって困っていたのですが、近所の家具屋さんに直してもらったら、新品同様の座り心地になりました。


今使っている机と椅子は、中学以来もう35年以上の付き合いになります。
思えば長い付き合いです。
机のほうは普通の学習机で、椅子は食卓用のものなので、高さも雰囲気も合わないのですが、もうこれだけ使っていると、その辺はどうでもよくなってきて、たぶん臨終まで使い続けることでしょう。

(なぜダイニングチェアかといえば、子供心に風情が欲しかったからです。回転いすでは風情に欠けるような気がしました。使い勝手より風情を優先するのは今も変わらないですが、だんだん求める風情が特殊化してきて、今や何が風情なのか判然としなくなっている…ような気がします。)

苔むすコケ学2014年06月12日 20時51分58秒

昼間は蒸しましたが、夕方からは風が出て涼しくなりました。
澄んだ空に浮かぶ、澄んだ月を見ながら帰宅、そして一本の麦酒。

   ★

さて、アワゴケ、モスグリーンの椅子ときて、つぎは本物の苔の話。
…といっても、「本物の苔」というのは、なかなか捉えがたい存在です。

ウィキペディアを見れば、コケ植物とは蘚類、苔類、それにツノゴケ類の総称であり、さらに蘚類とはこれこれ、苔類とはしかじか…と明快に書かれていますが、そういう整理がつくまでにはずいぶん長い時間がかかったようで、今後も分類体系の鮮やかな改変がないとも限りません。


19世紀前半における「苔」理解を示す図。
ドイツの博物学者、ローレンツ・オーケン(1779-1851)が著した『万人向け博物学大全(Allgemeine Naturgeschichte für alle Stände)』の図譜編より。(この大著には本文編の他に付図だけを集めた巻が伴います。)


もちろん立派な苔もいますが、仔細に見るといろいろな顔がまじっています。




地衣類は、今でも客人扱いで苔概念の末席に連なっているようですが、今や苔とはまったく無縁の藻類や菌類の仲間も、「苔(Moose)」の名の下に一括されています。
…と言いつつ、「藻類」や「菌類」というのが、これまた以前とはずいぶん扱いが変わったらしく、この辺はなかなか正確な物言いが難しいです。

   ★

人間の自然理解はどうしても人間中心になりがちです。見た目が人間離れしているといいますか、正体の知れない存在ほど「その他大勢」扱いになるのは止むを得ません。動物界でさえ、獣・鳥・魚まではいいとして、あとは「虫」と一括された時代が長かったことを思えば、「苔」や「菌」の不遇もむべなるかな。

今、ようやくそこに光が当たってきたわけですが、でも、ご当人にしてみたら、そんな人間側の事情はどうでもいいことかも。

英国の愛苔者2014年06月14日 09時05分48秒

苔を愛でるのは日本人ばかりでなく、ヴィクトリア時代の英国の人もずいぶん苔に入れ込んでいました。当時、博物趣味の対象にならなかった自然物はない(らしい)ので、身近にあって変化に富む苔の一群は、うってつけの観察対象だったのでしょう。
下はそんな当時の人々の苔趣味が横溢した美しい図鑑。


(苔の本ですが、なぜか表紙は百合の花)

■F. E. Tripp
 British Mosses. Their Homes, Aspects, Structure and Uses.
 『英国産苔類 その生育地・外観・構造・用途』
 George Bell (London), 1888 (new edition)
 四折判、全2巻 (130p + 171p)

日本のB5判とほぼ同じサイズの2巻本なので、けっこうなボリュームです。
手彩色石版による37枚の図版を含みます。


かわいらしい苔のリースが縁取るタイトルページ。


これは図鑑ですから、こういういかにも図鑑的なページもありますが、


こういう妙に余白の多いページもあります。


上図の一部を拡大。
対象が苔だけに、とにかく絵が細かいです。


中には1ページに一種という極端な例もあって、おそらくこの本の各図版は、台紙に貼り付けた標本をイメージして描かれているのだと思います。


「第4節 コケ類の収集と調べ方」冒頭。
ワーズワースの詩が麗々しく掲げられているところが、いかにもヴィクトリア時代(ほかの節も同様に詩文の引用があります)。


繊細で美しい苔の世界。

ヴィクトリア時代はその仰々しさと瑣末主義において、ときに現代人の嘲笑の対象ともなりますが、こういうものを一般の人も等しく愛好したことは悪くないですね。まことに繊細な心根だと思います。