天象唱歌…海上でふり仰ぐ星(2)2014年07月15日 20時39分57秒

海の男が作った星の歌―。
何となく豪壮にして抒情的な歌を想像します。


これがその歌い出し。

  日月星(じつげつせい)を友となし 暴風怒涛と戯れて
  世界の海を縦横に 我物顔に乗り廻し
  世界の人と手を握り 甲板上に談笑す
  見聞壮快限りなき 海上勤務は愉快なり

うーむ…。「壮快」で「愉快」だと言うのですから、確かにそうなのでしょう。
でも、こういうのは言葉でストレートに訴えるのではなく、眼前の景色に託して述べることによって、自ずとその感情を相手に伝えるのが定石ではありますまいか。

どうもキャプテン小野は、変に文飾に凝ったりせず、面白ければ「面白い」と言い、星が3個見えれば「星が3個あるぞよ」と言うタイプの人のようです。そういう人が全天の星座を歌い上げようとするとどうなるか。たとえば以下は八番の歌詞。

  W形のカシオピア 五六度よりして六三度
  アンドロメリアのαβγ(エービーシー)は ペガシ星座のα(アルファ)と
  ペアセイ星座のαを 繋ぎて茲(ここ)に五個の星
  アルゴル星を脇に立て 大縦列と並びたり

アンドロメリア(アンドロメダ)、ペガシ(ペガスス)、ペアセイ(ペルセウス)と星座の呼び方も変わっているし、αを「エー」と読んだり「アルファ」と読んだりする一貫性のなさも気になりますが、この極端な説明口調をいったい何と云えばいいのか…。


続いて九番。

  是より南緯十八度 β(ビー)セチ星〔くじら座β星〕を一見し
  北緯に戻って二時前後 二十三度のアライチス〔おひつじ座〕
  αβ(エービー)二星を通過して 南東方に進行し
  三時に三度四十二分 メンカー星〔くじら座α星、メンカル〕より眺むれば

この調子で延々三十一番まで続きます。
そもそもこの歌は、天文知識を記憶する便のために作られたのでしょうが、そこにストーリーがあるわけでもなく、「蒸し米で祝う大化の改新」式の機械的な歌詞の羅列なので、これは絶対に覚えられないと思います。

   ★

気になるメロディの方はどうでしょうか。以下が楽譜です。
作曲は東京音楽学校教授、楠美恩三郎先生。


これだけだと私にはさっぱり分からないので、適当なフリーウェアでMIDIファイルを作ってみました。下のリンク先に置いたので、うまく再生できない場合は、右クリックでファイルを保存するなりしてお聞きください。
http://www.ne.jp/asahi/mononoke/ttnd/temp_image/tensho.mid

むむむむむ…。
楠美先生のこのメロディーは、結構やっつけ仕事に感じられないでしょうか。何となく退屈な小学校の校歌風といいますか、少なくとも私にはそこに星辰の美を感じることはできませんでした。

   ★

これを音楽の教材に採用した学校の先生は、ちょっと毛色の変わった作品として食指が動いたのかもしれませんが、これを延々と歌わせられた生徒にとっては、かなり苦痛な経験だったと想像します。

  天象ここに一循し 巡りて還る元の位置
  二十四時間星めぐり 光速度より速かに
  満天著名の星々を 星より星へ目を移し
  今早や巡り還りたり 今はや巡り還りたり

最後の三十一番を歌い切った時には、さぞホッとしたことでしょうが、星の巡りはエンドレスであり、ここでまた歌の冒頭に戻ると思うと…

  ★

というわけで、今回は結局けなすばかりになってしまいましたが、この作品は、日本天文趣味史における徒花、ないし一種の「奇書」として、そこになにがしかの面白みがなくもありません。