結晶海に漕ぎ出す(5)…ブラベー格子(前編)2014年08月12日 21時36分30秒

さて、これまでは前振りで、いよいよここからが結晶学の教科書にかかわる内容です。
しかし、これまでのところで既に疲労が著しいです。

結晶海に漕ぎ出すぞ!と張り切っていたのに、何だか浜辺でゴムボートを膨らませただけで、体力を使い果たした感じです。我ながら本当に虚弱ですね。

…というわけで、結晶海には漕ぎ出しません(え?)
せめてブラベー格子だけは…と思ったんですが、白状すると、いまだによく分かりません。当初の計画では、前振りの間に急いで勉強すれば分かると思ったんですが…。

   ★

思い起こせば、ブラベー格子との出会いは、今から7年前。
それは他でもない、「ルーチカ図鑑」の作者のお一人、TOKO(とこ)さんが作られた、結晶系とブラベー格子をテーマにした理科豆本を手にしたときのことです。
この豆本は、その後「タルホの匣(はこ)」のアイテムとなり、今でもそのまま匣の中に収められています。(http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/04/06/4999779


それ以来、ブラベー格子は「何だかよく分からないけど、結晶の単位となる構造を示すもの」程度の理解のまま、私の中にずっと住み続けています。しかし、それ以上のことは、今も濃い霧に包まれています。

たとえば、ブラベーその人について事典を引くと、こんなことが書いてあります。

ブラベ Bravais, Auguste 1811.8.28~63.3.30

フランス パリのエコールポリテクニク(工科大学)の教授であった。1850年に平進操作により5個の平面格子および14個の空間格子を導き、この格子のもつ対称を7個の結晶系の対称と対比させ、おのおのの格子が完面像晶族に属していることを示した。これは14のBravais 格子して知られている。また彼は格子の網面密度および網面間隔の概念を提起し、結晶面の発達に関する Bravais の法則を導いた。(以下略) (『増補改訂 地学事典』、平凡社、1990)

うーん、難しいですね。この記述のうち、私が理解できるのは最初の1文だけです。

(オーギュスト・ブラベー 英語版Wikipediaより)

   ★

さっぱり分からぬながらも、ブラベー格子を考えるときに重要だと思うのは、ブラベーがこの概念を発表した当時(1850年頃)は、原子も分子も、物質の微細構造の実際については、何も分かっていなかったことです。

彼の時代にはX線回析装置も、電子顕微鏡もありませんでした。
彼が知り得たことは、肉眼的な結晶を観察して得られた知見のみです。
たとえば、結晶は基本的に平面に囲まれた立体であること、隣り合う面と面の角度は鉱物種ごとに一定であること、現実の結晶は生成条件の違いで様々な形をしているけれど、その共通点に注目すれば、鉱物種に応じた「理想の結晶形」を描けること、そして結晶には特定の方向に割れやすい性質(劈開)があること…等々。

ブラベー以前の学者、たとえばフランスのアウイ(René Just Haüy 1743-1822)は、そうした性質を説明するために、鉱物は微小な「レンガ」からできており、そのレンガの形の違いが、結晶の形の違いとして表れると唱えた…ということが、諸書に書かれています。

(アウイとその結晶構造模型 http://www.geowiki.fr/index.php?title=Cristallographie

このレンガの説は見た目が分かりやすくて、私なんかは「もうレンガでいいじゃないか、いったいそれのどこがいけないんだ」と思いますが、どうもレンガ説では矛盾する事実がいろいろ見つかったらしく、その改良版として生まれたのが、「格子説」だそうです。

(この項つづく)

コメント

_ S.U ― 2014年08月13日 08時34分51秒

>レンガ説
 ~原子がレンガであったなら~
 学生時代は原子物理学研究室に机を拝借していましたが、不勉強がたたりアウイのレンガ説はついぞ知りませんでした。というか、私もレンガ説は当然で、それのどこが悪いと考えていました。英語では、原子や素粒子のことを"building blocks of matter"と表現しますので、これは誰でもそのようです。
http://www.exploratorium.edu/origins/cern/ideas/standard.html

>レンガ説では矛盾する事実
 ひとつ思いついたのは、氷、ダイヤモンド、四面銅鉱のような正四面体構造の結晶がありますよね。正四面体のレンガを面が密着するようにうまく積んで正四面体の構造を作ることはどうも不可能のようで、これはレンガ説の反証になるのではないでしょうか。(昨夜から考えているのですが、脳味噌がテトラポッドになってよくわかりません) 立方体を積んで立方体は当然出来ますし、レンガでピラミッドを作る要領で正八面体に近い形も作れます。でも、立方体で正四面体構造が作れるとは思えません。正四面体の頂点同士が触れ合うように積めば、正四面体がつくれるので、これがすなわちダイヤモンドの格子構造と理解します。
 
 数学では、多面体による空間充填という問題があり、正四面体で空間充填は出来ないようです。Wikipediaで「空間充填」を参照すると、それは、結晶構造のブラべー格子の解説と似たような構成になっていました。ブラべー格子は、多面体の「空間充填」に対応する格子バージョンと言えるのでしょうか(ご解説をお待ちしております)。

_ 玉青 ― 2014年08月14日 00時19分48秒

おお、これは心強い助鉄砲を撃っていただき、ありがとうございます。
レンガ説で矛盾する事実として、前掲の堀秀道氏が挙げていらしたのも、まさにS.Uさんがご指摘の点でした(堀氏は八面体のレンガを積み重ねて正方形の結晶を作る困難さ=蛍石の場合、を挙げていました)。
告白ついでに言うと、これが格子説になるとどう解決がつくのか、今ひとつつかみかねています。
そしてブラベー格子の「解説」はいっそう心もとないですが、うーん、どうなるでしょうね。自分でも分からずに書いている(書きながら考えている)ので、着地点はまったく不明です。。。

_ S.U ― 2014年08月14日 07時35分00秒

空間充填問題と格子の問題は、「双対変換」という操作で繫がっているらしいです。空間に規則的に詰まった何らかの多面体による空間充填は、その個々の多面体の面心や体心を格子点と考えた格子構造ができ、これを利用すると、「格子説」と「レンガ説」で同種の対称性を持つ構造が結びつけられるのではないかと思いますが、これについて着目すべき点があれば、また詳しい方からのお声を待つことにしたいと思います。

 前のコメントからの流れで興味ある問題は、正四面体の頂点を積み上げたダイヤモンド結晶構造からどんな多面体の空間充填がつくれるか、また四面銅鉱の結晶格子はどうなっているか、ということですが、私の脳味噌ではすでにテトラポッドが溶解してテトラパックになって崩れかけていますので、また、どなたかお教え下さい。

_ 玉青 ― 2014年08月16日 15時06分06秒

>空間充填問題と格子の問題

今日の記事に出てきたYouTubeの動画にも、このことがチラッと出てきて、この2つの問題が何か関係がある…ということは辛うじて想像がつきました。が、S.Uさんのお言葉も私の中では完全に溶解状態なので、私からも皆さんに重ねてお願い申し上げます。

_ S.U ― 2014年08月17日 09時39分36秒

 この「双対性(duality)」というのは大学での数学や物理で出てきて非常に理解しにくかった概念なのですが、8/16の欄でご紹介の蛍石の結晶の写真とYouTubeの英語のビデオ解説を見て、立方体と正八面体の例がわかりやすい例ではないかと思いました。

 面心立方格子の面心にある原子だけに着目しますとこれは正八面体になります。立方体が正八面体を内包していて、さらに、正八面体の面心をつなぐとまた小さい立方体になります。こういうのを「双対多面体」という呼ぶそうです。(Wikipediaで「双対多面体」あるいは「双対」をご参照ください。確かに、「双対」の概念の冒頭の例として「双対多面体」が上がっています。)

 「双対」(「そうつい」と読むと習いました)のニュアンスを理解するには、いくつかの用例が必要でその後10年以上を要しましたが、今はWikipediaで系統的に種々の分野での使用例を知ることが出来て、便利になりました。

_ S.U ― 2014年08月17日 09時53分09秒

付記:8/17の欄(行き違いでアップされているのを拝見しました)で、「直方格子」であってほしいのが「斜方(ひし形もどき)格子」になっているというのがありましたが、直方体の面心をつないで「双対格子」を作ると、ひし形がもとの直方体の断面に3方向に出てくるので、このへんに由来があると考えることもできないでしょうか。

_ 玉青 ― 2014年08月17日 21時35分46秒

あ、先ほどまで全然分かってませんでしたが、「双対変換」のページを見て記憶がゆらりと甦ってきました。そういえば、昔、ケプラーについて話しているときに、正多面体の話題がありましたね。あの後、どうも「物の形」ということが気になって、大枚はたいて木製多面体モデルを買い込んだんですよ。その解説を読んで、はてなマークを頭上に浮かべつつ、双対変換のことが盛んに脳内を去来していたのを思い出しました。なるほど、あれと結晶格子の話題はつながってくるわけですね。

>ひし形がもとの直方体の断面に3方向に出てくるので、このへんに由来が

「斜方」に関していうと、どうも鉱物学者は石部金吉の類で、そんな気の利いたことはするまい…というイメージがあります。(他の用語も全部直訳ですから、orthorhombicもおそらくは…)

それにしても、双対というのは、この世界のあちこちに顔を出す不思議な性質ですね。
たぶん人間の精神とか社会にも、チラチラ顔を出してるんじゃないでしょうか。
(親に反発して、まったく違う生き方を選びながら、その子供がまた親に反発して祖父母の生き方をなぞる…というパターンを思い浮かべました・笑)

_ S.U ― 2014年08月18日 07時44分56秒

>たぶん人間の精神とか社会にも、チラチラ
 「双対」は、数学、物理には珍しい「ユルイ」概念なので、人間社会の機微に通じた人のほうが理解しやすいかもしれませんね(笑)。そして、子が親を反面教師にして見た目はぜんぜん違う生活をしているが、血は争えず構造としては似たような人生を歩んでいるとしたら、これまたすばらしい。

 このようなユルイ数学・物理概念は他にもあって、私は苦手だったのでいくつか記憶に残っています。また機会があればご紹介して、よい比喩をいただきたいと存じます。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック