驚異の種子のキャビネット(前編)2014年11月24日 10時56分06秒

ズラッと並んだ種子の話題から、連想で話を続けます。

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世の中には、金銭で計れない価値もある。
これは誰しも認めることでしょう。「でも、それって建て前でしょ…」と、心の裡でひそかに思う人もいるかもしれません。しかし、そんなことはないのですよ。
愛情とか、友情とか、プライドとかは脇に置いて、具体的に形のあるものに限っても、そういうものはあります。形容矛盾のようですが、実際に金銭で売買されているものの中にも、金銭で計れない価値を持ったものはあるのです。

(夕暮れに撮ったので、暗い写真になりました)

今やすっかり本載せ台となってしまっていますが、この高さ30センチに満たない小さな木箱。扉の文字は「四年一部 児童実習 種子及果実標本 昭和三年」と読めます。
我が家にあるもので、本当に価値のあるものは少ないですが、この箱は例外です。そして、その価値は金銭に換えられない性質のものだと思います。


扉を開けると、細かい仕切りの中に「種子標本一」から「種子標本十六」と書かれた小箱がきっちり収まっています。そして扉の裏には「尋四実習〔井口君の組〕」の墨書が。


抽斗状の紙箱をそっと引き出せば、そこには身近な植物の種子が、名称と共にきっちり整理されています。

この木箱は、昭和3年(1928)、すなわち今から86年前に、尋常小学校4年生を担当していた井口先生が、異常な努力で作り上げた「種子のキャビネット」なのです。

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冷静に見れば、ずいぶんと古ぼけた箱です。植物の種にしても、特に珍しい種類が含まれているわけではありません。そこに経済的な価値で計れるものは僅少です(実際、他に入札した人はいませんでした)。
しかし、当時の理科の授業、先生と生徒のやりとり、そして何よりも井口先生の教育にかける情熱を思いやるとき、私はここに無上の価値を感じるのです。

(この項つづく)