夜中に光を放つもの(後編)2015年01月30日 19時39分34秒

昨夜も例のスコープを覗いていました。
昨日、「東京の夜景」云々と書いたのは、かなり記憶の中で印象が増幅されていて、そんなに光点が見えるわけではありません。同じ東京でも、かなり山間部の方の夜景でしょう。

改めてこれは一体何と言えばいいかな…と考えていて、
  夜の海に 光る粉雪が舞い飛ぶ 吹雪の光景
というのが、いちばん近いかもしれないと思いました。

この光が夜中にしか見えないわけは、それが余りにも微かなので、目が十分に暗順応していないと、見ることができないからです。

   ★

このスコープの名称はスピンサリスコープ(Spinthariscope)といいます。

私がその名を知ったのは、医科学エッセイストであるオリヴァー・サックスの自伝、タングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代』(2001;邦訳2003、早川書房)の中でした。以下引用です。

 「エイブおじさんは、家に「スピンサリスコープ」を1個もっていた。マリー・キュリーの論文の表紙にも広告が出ていたが、ちょうどそのとおりのものだった。実に単純な器具で、蛍光スクリーンと接限レンズからなり、なかにラジウムの微小な粒が入っていた。接限レンズをのぞくと、一秒間に何ダースもの閃光(シンチレーション)が見えた。エイブおじさんに渡されてのぞいたとき、流れ星が数限りなく降るような神秘的な眺めに、私はただ陶然と見入った。

(同書より。新旧のスピンサリスコープ)

 スピンサリスコープは、1個数シリングほどで買え、エドワード朝時代には、おしゃれな科学のおもちゃとして多くの家の応接間に飾られていた。ヴィクトリア朝時代からのステレオスコープやガイスラー管に続いて、新たに20世紀ならではの小道具が加わったのだ。しかし、おもちゃの一種として登場しながら、本質的に重要な事実も明らかにしていた。そこに見える小さな閃光は、1個1個のラジウム原子の崩壊によるもので、崩壊時に放射される1個1個のアルファ粒子に起因していたのだ。当時はだれも、個々の原子の作用が見えているとは考えず、ましてや原子がひとつずつ数えられるなどとは夢にも思っていなかった、とエイブおじさんは言っていた。

「このなかのラジウムは、100万分の1ミリグラムもない。それでも、ちっぽけなスクリーンに1秒間に何ダースも閃光が見えるんだ。これが1グラムだったら、どれだけになると思う?1グラムってことは、この量の100万倍の1000倍だ」
 
 (斉藤隆央訳『タングステンおじさん』、p.343)


私が買ったスピンサリスコープの箱には、本物の原子分裂を見よう」、「世界で唯一の原子力教育玩具!」の文字が躍っていました。その仰々しさがおかしみを生みますが、サックスが言うように、この単純な玩具は、世界の成り立ちに関する「本質的に重要な事実」を秘めているのでしょう。

それは原子の構造を物語ると同時に、その可変性を示しています。
そして、その先には目に見える物質世界の非永続もほの見えます。

(同封の説明書より。スピンサリスコープ内部の構造)

   ★

私が買ったスピンサリスコープは、アメリカのUnited Nuclear 社のものです。
http://unitednuclear.com/index.php?main_page=product_info&cPath=2_12&products_id=507

海外発送不可とのことだったので、今回は個人輸入業者さんの手を借りました。
なお、現行のものは、放射線源としてラジウムの代わりに、より安全なトリウムを用いています。

コメント

_ S.U ― 2015年01月31日 09時17分03秒

あぁ、放射線のソースだったのですね。
私は、また賢治先生の動物の王者が持つと云う「貝の火」かと思いました。

>当時はだれも、個々の原子の作用が見えているとは考えず、ましてや原子がひとつずつ数えられるなどとは夢にも思っていなかった

 このスピンサリスコープが20世紀になってから発明されたものだとしますと、少なくともキュリー夫妻やラザフォードは、すでに放射線が原子1個1個から放出されていると思ってたでしょうから、このエイブおじさんの言はちょっと誇張だと思います(常人はその通りだったでしょうが)。確定的なことはよくわかりません。

 トリウムからのアルファ線の演示実験は、近年では霧箱が人気ですが、冷却する必要があるのが面倒な点です。ご紹介の品は低温も電源もいらないので手軽ですね。

_ 玉青 ― 2015年01月31日 14時02分47秒

いつでもどこでも、寝床の中でも原子力、というわけです。(笑)
しかし真面目な話、原子の光も「貝の火」のように、おごり高ぶらずに遇さねばなりませんね。すでに一点の白濁が生じているので、かなり危ういところに来ている感じがします。

ときに例の件をドンと記事にしました。
ご迷惑かとは思いましたが、少々景気づけが欲しかったものですから…
その他の件については、また改めてメールでご連絡いたします。

_ S.U ― 2015年01月31日 21時11分54秒

>原子の光も「貝の火」のように 
 確かに原子の光は「貝の火」に通ずるところがありますね。「ホモイ」は人間のことを指すという話もありましたので、人類全体への警告という解釈も可能かもしれません。

 この原子の光は、1個1個が人間の視力でかろうじて見えるのですね。考えてみると、これはエイブおじさんが言っているのと別の意味でもすごいことかもしれません。つまり、原子核1個から自然に放出されるエネルギーは人間の手のひらに載る程度のレンズと人間の目玉の性能でちょうど見える程度、つまり、人間の意識による最低のエネルギー識別能力に相当するということと考えられます(蛍光板は、アルファ粒子の運動エネルギーを電気的衝撃→光と変換しているだけでエネルギーは加えていません。人間の網膜がまた光→電気刺激と逆変換しています)。これも因縁めいたものを感じます。

_ 玉青 ― 2015年02月01日 11時18分37秒

なるほど、原子などという、ある意味人間とは別の世界の住民と、こういう素朴な装置で直接「コミュニケーション」が取れるというのは、確かにすごいことですね。
この事実を以て、“人間も「宇宙意志」とじかに対話できるはずだ!”と勢いづくチャネラーも現れかねません。

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