カテゴリー縦覧…天文古書編:ニコル著『宇宙の構造』(2)2015年02月13日 06時06分53秒

このニコルの本は、いろいろな意味で過渡期の産物です。

1つには、この時期、写真術は既に産声を上げていましたが、それが天文学に応用されるには、まだ間がありました。

(David H. Davison, Impressions of an Irish Countess, 1989より。上は1862年、下は1858年頃、いずれもロス伯爵夫人撮影)

そのことに関して象徴的なのは、前回も登場したロス伯爵夫人は、当時の物差しからすると、きわめて科学的な女性で、写真術を趣味にしていたことです。
彼女は、夫であるロス伯爵の建造した、鏡径1.8メートルの巨大望遠鏡(1847年運用開始)の姿を、鮮明な写真に収めていますが、しかし望遠鏡で見たものを、乾板上に結像させることはできませんでした(そもそもロス伯爵の望遠鏡は、星を追尾できないので、長時間露光できません)。

したがって、ニコルの本の挿絵は、すべて肉眼と手によるスケッチに基づくものです。

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2つめは、写真術と並んで天文学に革命をもたらした「分光学」も、まだ誕生前夜だったことです(それが呱々の声を上げたのは1860年代のことです)。

そして、この2つの時代的制約から、ニコルは星雲の性質について、ある予断を持って臨むことになりました。それは、星雲はすべて星の大集団であり、望遠鏡の性能がさらに向上すれば、それは疑問の余地なく立証されると考えたことです。

これはロス伯爵の大望遠鏡によって、それまで個々の星像に分離不能だった星雲・星団のいくつかが、実際に分離できたことに幻惑された結果です。そしてまた、分光学がガス星雲の正体を明らかにする以前だったので、ニコルがそう思いこんだのも、無理からぬことです。

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そして3つめは、写真術の製版術への応用も、まだまだ先の出来事だったことです。

ニコルの本の挿絵は当然すべて版画です。しかも、流行の石版画(リトグラフ)を使わず、技法的にはすべて鋼版画(steel engraving)に拠っています。

今回、このニコルの本を取り上げた最大の理由は、その驚くべき図版の表現力です。
鋼版画は主にイギリスで好まれた技法で、銅版画に比べ、ややもすると微妙なニュアンスに欠けると言われますが、ニコルの本を見ると、決してそんなことはありません。というよりも、本書の図版は、鋼版の表現力を最高度に引き出した例だと思います。

そして、上で述べたように、そこに描かれているのは、人間の目と手が捉えた像であり、客観性を重んじつつも、必然的に人の想像力が影響しているので、画面に一種の幻想味が漂っており、えもいわれぬ魅力を放っています。

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前置きが長くなりましたが、ニコルの本の挿絵を見てみます。


ロス伯爵が、その形状からかに星雲と命名した、おうし座のM1
今では超新星残骸と分かっていますが、ロス伯爵は、これを星の大集団と考えました。


図の拡大。天の川のように点綴する微光星のイメージが、挿絵にも影響しています。
当時の人は、ここに宇宙の深淵にひそむ、不気味な怪物めいた存在を感じ取ったことでしょう。
それにしても、このぼうっと煙るような星雲の表現のなんと繊細なことか。


りょうけん座の子持ち銀河、M51
これもロス伯爵の代表的業績である、星雲の渦状構造の発見を伝える図です。
見開きいっぱいに描かれた天界の驚異。
当時の人の驚きが、そのまま画面に固定された感があります。


Hollow nebula(空洞星雲)とは、うつろな球殻状の星雲ということで、現在で言うところの惑星状星雲です(もっとも、歴史的には惑星状星雲の方が昔からある呼び方で、ニコルは、対象の性質をより正しく表現するものとして、空洞星雲の名をあえて使っています)。




個々の星雲が何を指しているかは、本文中にも説明がないので不明ですが、不思議な生き物めいた画像が、人々の宇宙への好奇心を激しく掻きたてたことでしょう。


これぞ極め付けに繊細な図。表題は「天の川の一部のスケッチ
文句なしに美しい絵です。そして星空のロマンにあふれています。
そもそも、どうやってスケッチしたのか、そして、それをどうやって版に起こしたのか、人間の手わざの凄味を改めて感じる図です。

ニコルの本には、こうした珠玉の挿絵が、全部で22葉収められています。

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天体写真が、人々の宇宙イメージの形成にどれだけ寄与したかは、想像以上のものがありますが、19世紀の第2四半期には、すでにこうした一連の図像表現によって、新たな宇宙イメージが、人々の脳裏に萌していたことは、指摘しておいてよいと思います。