天空の色彩学(その1)…カテゴリー縦覧:恒星編2015年03月25日 20時49分37秒

夜空を見上げ、観照と黙想のひとときを過ごすことに、静かな喜びを見出す人にとっては、チェット・レイモの『夜の魂-天文学逍遥(山下知夫訳、工作舎、1988)の名が、親しく感じられることでょう。

宇宙・自然・人間に対する深い思索を誘う、この珠玉のエッセイを、ひと頃の私は毎日繰り返し読んでいました。

(今も版を重ねていて、アマゾンのレビューは4人が4人とも星5つ)

その第13章「色彩の甘言」から。

 夜空を観察する技術は、50パーセントが視覚の問題で、50パーセントが想像力の問題である。この言葉の真理を星の色ほど証明してくれるものはない。19世紀の観察家達は、星の色を見るのに、もっとも適していた。その理由は、まちがいなく彼らの観察が、視覚に比べてより多くの想像力を交えていたからに他ならない。まさに前世紀の最後の年に世に出た、リチャード・ヒンクリー・アレンの『星の名、その伝承と意味』という本は、アルビレオを「トパーズの黄色とサファイアの青」と形容している。かなり大型の望遠鏡では二重星に見えるアンタレスは、火のような赤とエメラルドの緑」である。アレンは他の星を「麦藁、薔薇、葡萄、ライラック」と描写しており、読者は空を見ているより、彼の庭にいるような気がするだろう。 (pp.201-2)

星の色をどう感じるかは、かなり個人差があると思います。
上手な書き手は、それを実に巧みに表現するので、読んだ人は望遠鏡を覗きさえすれば、自分もすぐに宝石箱を覗き込んだような光景が見られるものと期待しますが、実際の夜空に満艦飾はなく、そこにあるのは「ちょっと青みがかった色」や「黄色っぽい色」や「オレンジがかった色」…etcに過ぎません。

これは色彩感覚がどうこういう以前に、ヒトの生物学的限界によるものなので、どうしようもない面もあります。よく知られているように、人の網膜細胞は、光(明暗)に鋭敏な桿体と、色彩に鋭敏な錐体から成り、光量が少ないところでは錐体がうまく機能しないため、どうしてもモノクロ映像に近くなってしまうからです。

そうした光景を、トパーズの黄色とサファイアの青」まで持って行くには、レイモがいうとおり相当の想像力が必要で、19世紀人がその方面に豊かな想像力を発揮したことに、レイモは驚きの目を向けます。

 アレンの色の描写は、たいてい英国の有名な観察者ウィリアム・ヘンリー・スミスのそれから借用されている。スミスの眼は、真珠のような」とか、透明なクリームがかった銀色がかった、しまいにはそのものずばり、白っぽい白」など、1ダースもの白色の陰翳を見分けるほど洗練されていた。

 〔…〕想像力もスミスくらいのレベルになると、アルデバランの「淡い薔薇色」や、アルクトゥルスの「金色がかった黄色」も見分けられるようになる。アレンの本は、二重星レグルスの2つの星を、燃える白とウルトラマリン」と形容した。これらはどんなカメラもキャッチできない色である。星を眺めるには、白黒写真と同じように、色彩へのひきしまった注意力が要求される。深夜の空には魅惑的な夕焼けなどないし、夜の森には紅と黄金色の紅葉もない。スナップ写真家は絶望して望遠鏡から目をそむけるだろう。しかし巧妙な観察者はヒントをつかみ、自分の想像力がパレットの色を増やすにまかせるだろう。スミスは星に望遠鏡を固定して、クロッカス」「インシチチアスモモ」「紅縞瑪瑙(サルドニクス)」「スマルト」を見た。これは絵具チューブにラベルを貼るような想像力である。スミスの星の色の描写は画家のヴァシリー・カンディンスキーの経験を髣髴とさせる。 (pp.202-3)

次回、レイモが驚きかつ呆れた19世紀の「色見巧者」、ウィリアム・ヘンリー・スミスの肉声に接することにします。

(この項つづく)

コメント

_ Ha ― 2015年03月26日 22時59分03秒

私も若いころ、この本を座右の書にしていました。(^_^)ノ
情けないことに、いまでは内容はほとんど覚えてなくて、「地球や月は黒いとんがり帽子をかぶっている」というくだりくらいしか思い浮かばないのですが、それでも、
❦ 夜空を観察する技術は、50パーセントが視覚の問題で、50パーセントが想像力の問題である。
というこの金言だけは、いまも座右の銘にしています。

これは原文ではどう書いてあるのだろう?(とりわけ、訳語の「技術」の部分)というのが若かりしころの関心事で、いつか原書を見てみたいと思いつつ、この件もそのまま忘れていました。
しかし、考えてみれば、いまはネット時代!
今日、久しぶりに書棚から抜き出し、原書のタイトルを調べて検索にかけてみたところ、いとも簡単に出てきました。
❦ The art of observing the night sky is 50 percent vision and 50 percent imagination.
なるほど、"art" でしたか。。
私には英語の微妙なニュアンスの違いなどまったく分かりませんが、それでも "technology" であるはずはないし、"technique" というのも違うだろうから、"skill" あたりかなぁ?と思っていました。
平凡社の『イメージの博物誌』シリーズの原題『Art and Imagination』に通じるところがあるかも?

余談ですが、"Art and Imagination series" (Thames and Hudson, London) の翻訳本(平凡社)は、当時、第I・II期の16冊しか出ていませんでしたが、洋書カタログを見るとまだたくさんのシリーズ本があることが分かり、面白そうなものを10冊ほど取り寄せたことがあります。そのなかに『Martial Arts』というタイトルがあり、火星の芸術?と思ってこれも発注リストに加えておいたところ、内容はそのものずばり「マーシャル・アーツ」(格闘技)でした。マス大山が石割りしている写真が掲載されていたりして…。^^;

_ 玉青 ― 2015年03月27日 22時54分19秒

>50パーセントが視覚の問題で、50パーセントが想像力の問題

これは名言ですよね。
そして今や、これは夜空の観察に限らないのではないかと、私は考えています。
いろいろ応用の利くところが、名言の名言たる由縁なのでしょう。

ときに「Martial Arts」はちょっと残念でしたね。(笑)
マルス神の技芸は、いろいろなところに発揮されるもので、まあ男たちが拳で肉弾戦を演じるぐらいならまだしもですが、最近はもっと大がかりな、硝煙の臭いが漂う出来事が内外で絶えないので、少しマルス神にはおとなしくしていてもらいたいと、祈りを捧げたいです。

_ S.U ― 2015年03月28日 09時47分36秒

 理系人間は無粋なもので、野球中継で「この投手の球は速いけど軽い」とか「遅いけど手元でキレがある」と解説者が言うと、すでに投げられた球には、速度と回転のベクトルしかないのに(質量と弾性は規格で決まっているので)、どうして軽重やキレなどというものがあるだろうか、と議論をふっかけます。

 同様に、点光源の星の色も黒体輻射のスペクトラムでしかなく、基本的には一つの温度パラメータで表せるものしかないのに、なんでそんなバリエーションがでるところがあろうか、と基本的には食ってかかりたくなるところです。
 でも、何かあるのでしょうね。輝線や暗線による影響で見た目の感覚が変わるのでしょうか。さらに、二重星の場合は、対比による錯視がありますね。嗅覚、味覚で言われているように、人間の感覚は無限の可能性を秘めていますので、物理との整合性を深く研究してみる価値があると思います。

_ 玉青 ― 2015年03月28日 14時28分05秒

あはは。ハンマー投げの選手が、投擲した後に咆哮しているのも、いったいどういう効果があるのか不思議といえば不思議ですが、でも気持ちはよく分かります。

星の色の問題については、詮ずる所「色覚(色の感覚)は物理的スペクトラムと一義的に対応していない」ということに尽きるのでしょう。最近、「白と金」にも「青と黒」にも見えるドレスの話題がありましたが、あれは本当に不思議でした。人間の色覚には、まだまだ謎が多いですね。

_ S.U ― 2015年03月28日 19時16分08秒

>「色覚(色の感覚)は物理的スペクトラムと一義的に対応していない」
 有限面積の目で有限時間眺めるわけですから、光波の干渉の具合の変化があたかもホログラムのちらつきのように見えるのかもしれませんね。それでも、無限遠と見なせる距離にある恒星を見る場合に、そのようなバリエーションが星自体にあるのかという疑問は残りますが、まあ、色彩はつまるところ他人の容喙できない完全に「個人的な体験」ですから、いろいろな可能性が考えられてしかるべきでしょう。
 ちなみに、私は、アルビレオは、明るいオレンジ色と濃いスカイブルーに見えます。ちょうど互いに補色になっているので、錯視の強度ごとに個人差が出やすいのではないかと思います。

>ハンマー投げの選手が、投擲した後に咆哮
 これは因果律を破っている現象のように一見見えますが、選手が自らの身体的状況を投擲のあと繰り返し咆哮せざるを得ない状況に追い込みつつ投擲を実施した場合に、そしてその場合に限り好ましい投擲結果が経験上得られていることに基づいているものと想像します。そういう意味で、気合いを大切にするスポーツは、まさにアーツの名にふさわしいものなのでしょう。

_ 玉青 ― 2015年03月29日 09時04分56秒

これまた何度もこぼしていることですが、最近は本当に目が悪くなって、なかなか星の色を味わうどころでなくなってきました。光波は確かに眼球に到達しているはずですが、受容器の性能はいかんともしがたく、まあこれをしも「体験」と呼んで呼べないことはありませんが、ずいぶん寂しい体験です。そんなお寒い状況で、アルビレオの色が果たしてどう見えるか、こんどシーズンが来たら、ぜひ試してみようと思います。

>投擲のあと繰り返し咆哮せざるを得ない状況

あ、なるほど!
うーむ、するとハンマーが地面に落ちた後も叫び続けるぐらいの心身の状態に持っていった方が、最終的な投擲効果が上がることだって、論理的にあり得なくはないですから、今後よりいっそう不思議な光景が展開することも期待できますね。(できるかな?笑)

_ S.U ― 2015年03月30日 06時43分09秒

>アルビレオの色が果たしてどう見えるか
加齢に加えて光害の増加もありますので、ある程度の口径の望遠鏡で、中倍率(100倍程度)で見る手もあると思います。私もかつては恒星は低倍率のほうが鮮明にパシッと見えて良かったですが、最近は中倍率のとろんとした像のほうが楽に感じます。望遠鏡を出される機会があればお試し下さい。
 
 それからアルビレオの色が一般にどう見えるかは、プロサッカーチーム(現在J1)のアルビレックス新潟のチームカラーが参考になると思います。ロゴ、エンブレム、ユニフォームに徹底的に使われています。少なくとも新潟ではこれがアルビレオの公式の色なのでしょう。

>地面に落ちた後も叫び続ける
 ははは。でも、そのような状況に身体を追い込んだものの何らかの不具合で記録が良くなかった場合、いつまでも叫び続けていると格好がつかないかもしれませんね。

_ 玉青 ― 2015年03月31日 07時16分50秒

実際的なアドバイスをありがとうございます。
ええ、ぜひそうしてみます。

恥ずかしながら、アルビレックス新潟の存在すら知らなかったのですが、こんな洒落たコンセプトのチームがあったとは。新潟のファンの脳裏には、鮮やかなオレンジとブルーのアルビレオがしっかり刻まれているのでしょうね。そして、初秋ともなれば、彼の地では「荒海や佐渡に横たふアルビレオ」の絶景も堪能できることでしょう。

_ S.U ― 2015年04月01日 07時36分53秒

>アルビレックス新潟
空のアルビレオもそうですが、こちらのサッカーチームの試合の中継がテレビで見られるチャンスがあったらぜひご覧になって下さい(スタジアムに出向けばもっといいのでしょうが)。
 客席を一面に埋める二重星の色というので実に不思議な気分になれますよ。

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