生薬・秘薬・毒薬(1)…カテゴリー縦覧:医療・薬学編2015年05月19日 06時37分31秒

カテゴリー縦覧の旅も道半ばを過ぎて、遠くに終着点が見えてきました。

ここまで書いてきて、改めて各カテゴリーを見直すと、記事数がものすごくアンバランスなことに気づきます。今日現在でいうと、一番多いのが「天文古書」の304で、次いで「絵葉書」の239あたりが横綱クラス。一方少ないのは、(企画倒れの観のある「便利情報」を除けば)「木星」の8個、そして今日のテーマである「医療・薬学」の9個というのが続きます。

「医療・薬学」については、前回の人体解剖の話題と同様、何となく暗くぬめっとした感がダメで、もっといえば、人間は文学の対象ではあっても、理科趣味の対象とはならない…という、私自身の抜きがたい偏見のせいでもあります。

ただ、一口に「医療・薬学」といっても、両者の肌触りはずいぶん違います。
薬学はその出自を考えれば、むしろ植物学に近い学問ですし(というか、植物学が薬学から派生したのでしょう)、その魔術的な雰囲気を面白く思う心もあって、一時はけっこうのめり込んでいました。

過去の記事でいうと、下の文章がその辺りの事情を伝えています。


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で、上の記事に出てきた生薬標本というのはこれです。


キーボードと比べると大体お分かりでしょうが、22×24センチほどの菓子折りサイズの箱入りセット。ラベルが朽ちかけていますが「第五改正準拠/局方生薬標本/京都市車屋町二條/中川安商店学術部」とあります。

「中川安(なかがわやす)商店」というのは、ウィキペディアにも項目立てされている、医療器材・薬品一般を扱う老舗で、明治39年(1906)の創業。現在はアルフレッサ(株)というハイカラな名称になっています。

国が薬品の標準規格を定めた「日本薬局方」は、明治19年(1886)以来、16次の改正を経て現在に至りますが、ここに出てくる「第五改正」とは、昭和14年(1939)に行われたものを指します。


箱の蓋の裏側には、その局方生薬一覧が載っています。


この標本セットは、それを網羅したもので、中には



「印度大麻」とか「阿片」とかあって一瞬ドキッとしますが、こうした麻薬類は例外で、標本セットから除外されています。でもそれ以外は、劇薬扱いのものも含まれているので、薬学をめぐる怪しい雰囲気は十分そなわっています。

以下、この古風な(そして実際古い)生薬標本の表情を眺めます。

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ときに、「薬局方」という言葉を調べていたら、それは英語で「pharmacopoeia」という、いかにも詰屈なスペルの単語で表現されることを知りました(ファーマコピーアと発音するらしい)。

そして、ネット辞書のWeblioには「It has not yet found its way either into the pharmacopoeia or into the literature of toxicology. (薬局方にも毒物学の文献にも出たことがない。)」という例文が、さりげなくシャーロック・ホームズの『悪魔の足』から引用されていて、「おお」と思いました。

この作品は、悪魔の足の根(Radix pedis diaboli)」という、アフリカにのみ存在する毒物を使用することで、警察の捜査を逃れるというのがトリックの核になっていて、薬物、殺人、アフリカ、探偵…そんなイメージが脳内でかもされ、私の生薬イメージにいっそう奇怪な陰影が生じたのでした。

(この項つづく)