極微のイエローページ…カテゴリー縦覧:物理・化学・工学編2015年05月22日 21時48分51秒

妖しの気配は、古めかしい生薬の壜に漂うばかりではありません。
それはまた、未知の世界を錐(きり)のようにこじ開けていく先端科学の周辺にも、同様に濃いです。少なくとも門外漢にとってはそうです。


スキッとした白い表紙。そこに「Journal of Physics G」、「Review of Particle Physics」の赤い文字が目に鮮やかです。
(Journal of Physics は分野別にA(数学・理論)、B(原子・分子・光物性)、C(固体)…とラベリングされていて、Gは「核・素粒子」をテーマにしたシリーズです。)


そして、この厚さ。
堂々1422ページ、電話帳サイズのズシッとくる冊子です。
(頭上から落ちてきたら、死を免れないでしょう。)


中身は徹頭徹尾分かりません。
たしかに、これが既知の素粒子のデータブックであり、世界中の研究者・研究機関が、最新の装置を使って得た測定値(質量、電荷など)を列挙している…ということは辛うじて分かります。しかし、それ以上のことは茫洋と霞んでいます。

この冊子が、未解読の奇書「ヴォイニッチ手稿」と何ほど違うか?と問われれば、私には両者の違いよりも、類似の方がより強く感じられる…と告白せざるを得ません。


ゲージ粒子、レプトン、クォーク、メソン、バリオン…
素粒子のグループ別に、延々と続く数値と数式、そして謎めいた単語。
まさに「読むドラッグ」という感じです。

しかし、これが魔導書なんぞでなしに、「実験と観察」に基づく科学の成果である証拠は、その記述そのものの中に、はっきり顔を出しています。


おなじみの「電子」の項。
19世紀チックな電子なんて、もう全て白日の下にあって、目新しいことなんて何もないんじゃないか…というと、そんなことは全然なくて、その基本量である質量にしても、その「正しい値」を人類はいまだに知りません。

この2010年版のデータブックには、1987年に発表された測定値
  548.579903±0.000013 (単位は 統一原子質量単位(u) × 10のマイナス6乗)
から、2008年発表の最良の値
  548.57990943±0.00000023
までが種々列挙されています。この誤差範囲の縮小こそ、人類が鋼の意志で、絶えざる検証作業を続けてきた成果です。

そして、今やこの最良の値すら乗り越えて、最新のデータブックには、2012年に発表された以下の値が記されています(http://pdg.lbl.gov/encoder_listings/s003.pdf)。
  548.57990946±0.00000022
この世界の真実の姿を求める、息づまるようなドラマが、その背後にはあるのでしょう。





うーむ、分からない。
分からないけれども、これらもまた素粒子と人間が繰り広げるドラマの一コマに違いありません。


  ★

私にとって分不相応な(まったく分不相応です)この冊子は、常連コメンテーターのS.Uさんから、先年恵与していただきました(どうもありがとうございました)。

これはある意味「星図帳」と対になるものだと思います。
何となれば、そこには<目に見える世界の全て>が書かれているからです。

コメント

_ S.U ― 2015年05月23日 08時49分01秒

ご紹介ありがとうございます。

 このような紙の冊子体はだんだん印刷や発送の経費が問題になってきたようで、星表のように、いずれは電子版だけになってしまうと思います。これでも、古い測定は省略して、分厚くならないよう努力しているそうです。私は、できるだけ長く紙で発行してもらうようアンケートで答えています。

 それから、少し身近に感じていただけるように・・・ ご紹介のお写真の3枚目の中央付近に日本人の名前(MさんとEさん)がありますが、これは、中京地区中心都市のN大学での研究で得られた値です。(このあたりの数値は、τレプトンのフレーバー数非保存崩壊の分岐比の上限値と称するものです)

_ 玉青 ― 2015年05月23日 16時33分46秒

重ねてどうもありがとうございました。
満を持しての登場です。

>τレプトンのフレーバー数非保存崩壊の分岐比の上限値

なるほど!…と言えないのが辛い所ですが(笑)、でも身近なところで日々研究が進んでいるのを知ると、ちょっとだけその世界に近づけたような気がしますね。

それにしても、遠からず全て電子化されてしまうというのは、(対象が電子だけに、似合いかもしれませんが)ちょっと寂しく、また一抹の不安も感じます。
いつか千年万年に一度の磁気嵐が起きて、何もかも消失…なんてことはないでしょうかね。

_ S.U ― 2015年05月23日 19時08分40秒

>磁気嵐
 紙媒体の配布が廃止になっても、国会図書館では1部は全編を和紙にでも印刷して保管してほしいと思います。何があって電子式が全部読めなくなるかわかりませんからね。

>τレプトンのフレーバー数非保存崩壊の分岐比
 これの測定研究では、N大学は間違いなく世界をリードしているのですが、まあ、これを憶えておいてください、とまではお願いできないですね。

_ Ha ― 2015年05月27日 02時56分34秒

いやはや・・・(汗)
これは確かにヴォイニッチ手稿と同じ類のものに思えてしまいますね。。

_ 玉青 ― 2015年05月27日 07時04分20秒

いやはや、です。(笑)
でも、意味は分からなくても「読める」(=発音できる)だけ、まだいいかもしれません(それすら怪しいところも多いですが)。

_ S.U ― 2017年01月17日 08時53分25秒

昨年のうちに投稿しないといけなかったのですが、忘れていました。この "Review of Particle Physics"の最近の発行状況についてお知らせします。
 このデータブックの印刷版は、2年ごとに改訂されて出版されていますが、2016年版から、そのもっとも内容の多い部分である"Particle Listings"の実験データのリストの部分が印刷版からは削られ、電子版閲覧のみとなりました。内容的にはこれが主力の部分なので、ただひたすら経費節減のためとみられます。

 したがって、玉青さんのお持ちの2010年版は、フル内容の印刷版としては最後から3つめの版となりました。ちなみに、ページ数は、
2010年版 1442ページ
2012年版 1526ページ
2014年版 1626ページ
2016年版  914ページ
となっています。

 残った部分は、教科書として使うとか最近の研究の動向の概要を知る上では役に立ちますが、やはりデータブックとしては抜け殻になってしまったような感が否めません。この状況では、近い将来、完全電子化の話が出てきたら、印刷版維持に固執する人はもはや少ないだろうと思います。何ごとにおいても、一部といえども主力が崩されると全部が崩されたと同じ、価値を失えばあとはズルズル・・・というののよい見本のように思います。(この Review of Particle Physicsについてはそれでもやむをえないものかもしれませんが、世の中には時代とともに葬り去られようとしているが、決してやむをえなくないものがたくさんあると思います)。

_ 玉青 ― 2017年01月19日 07時23分14秒

これはお知らせありがとうございます。いよいよ紙媒体は旗色が悪いですねえ。現代にニーチェがよみがえったら、厳かに「紙は死んだ」と宣言する場面でしょう。

まあ、時代の趨勢は如何ともしがたいところでしょうが、例のデータブックの場合、電子データの利便性を考慮したというよりも、単純にコストの問題だとしたら、ちょっと侘しいですね。いやしくも紙を廃して電子データ化するなら、そのメリットを最大限活かしてほしいものです。(ひょっとして近い将来、あのデータをAIが読み込んで、それを恐るべきスピードで縦にしたり横にしたり、そこからこれまで誰も気付かなかった事実が導き出され、物理学に革命が起きる…なんてことはないでしょうかね。)

_ S.U ― 2017年01月19日 12時48分42秒

>単純にコストの問題だとしたら
 出版者の正式見解は見ていません。2016年電子完全版は1808ページもあるので、印刷すると保管や持ち運びがたいへん、というような理由も挙げられているかもしれません。

(注意! 64MBあります)
http://pdg.lbl.gov/2016/download/rpp2016-Chin.Phys.C.40.100001.pdf

でも、昔から、データベース本や百科事典は、分厚いほど有用性を誇っていて見る人も有り難がったものですし、手近な書棚の重石としても有用でしたので、分厚くなったからやめるという理由は成り立たず、やはり経費削減なのでしょう。

>AIが読み込んで、~物理学に革命が起きる・・・
 そんなふうに現役の物理学研究者に指摘すると 「まさか、そんなことは・・・ アハハハハハ・・・」と一笑に付すように見えて、明らかに目は笑っていない、頬のあたりは少し引きつっている、というところかもしれません。

_ 玉青 ― 2017年01月21日 11時41分08秒

>頬のあたりは少し引きつっている

あはは。まあ、なくもない話ということですね。
ビッグデータの話題もそうですし、昔の天文学者も星表を凝視して、そこから新たな真理を発見したわけですから、データの山の向うに、何かデータ以上のものが潜んでいるというのは、ありそうなことですね。

_ S.U ― 2017年01月21日 18時15分09秒

>ビッグデータ
 そうですね。昔から、物の数の多いことのたとえに「星の数ほど」というのがありますし、それよりもさらに多いと思われる「素粒子の数ほど」というような言葉も考えられますので、ハーシェルあたりが走りかは存じませんが、天文学者も物理学者も「数の力」については古くからよく知っていることだと思います。

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