業界瑣談…理系アンティークショップ「Q堂」にて2015年06月14日 15時23分02秒

昨日の2連投が響き、足穂の話題からちょっと脇に寄り道します。

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こんにちは。

「やあ、Tさん、久しぶり。」

噂によると、何でもすごい本が入ったそうじゃない。

「地獄耳だねえ。うーむ、確かに入った。ドゥジャンの北アフリカ産オサムシのモノグラフ。図版アトラスだけのはぐれ本だけど、この図版と来た日にゃ、そりゃもう…」

わあ、これいいね。…でも、高いんでしょ?

「うん、高い。だからどう売ろうかと思って。バラして市に出すか。」

そりゃ駄目だよ。まあ、バラしてもらえば、僕にも手が出るかもしれないけど…でも、せっかく完品なのに。

「いや、実は図版15と18が切り取られている。だからいっそう迷ってね。確かにバラせば売り切る自信はあるんだ。でも、本まるごと1冊だと、ちょっとね。まあ、神田のFさんとこにでも寄託すれば、固定客が買ってくれるだろうけど、マージンが馬鹿にならないから。」

なるほど、この商売も楽じゃないね。いいものを仕入れれば、右から左に売れるわけでもないんだね。

「そりゃそうさ。近頃は特に悩むよ。以前なら売れ筋で、入荷と同時に売れたものが、最近はどうも荷が動かない。まあ狭い世界だし、一通り行き渡れば、飽和状態になるのは目に見えてるんだ。何かいい才覚はないかい?」

僕に商売向きのことなんて分からないよ。でも、いろいろ横目で見ていると、少し感じることがないでもない。…こういうアンティークの世界ってさ、あるアイテムに人気が出ると、売り手も買い手もワーッとそこに押し寄せるじゃない。それで一通り売り切ったら、また次のアイテムを探し求めて移動する…そういうのって、何だか焼畑農業みたいだなあって、前から思ってた。

「あはは。まあ、他人のことは言えないけど、この業界は確かに前近代どころか、いっそ縄文ムードがあるね。そもそも、アンティークは自分で作るわけにはいかないから、どうしても狩猟採集生活っぽくなるわけさ。」

なるほど。でも、一般論としてはそうでも、博物趣味の世界もそれでいいのかな?

「というと?」

そもそも、人は何を求めて、こういう古い標本とか、博物図譜とか、理科機器を買うんだろうね。まあ、純粋にデザインの面白さもあるんだろうけど、それにしたって、それだけにとどまらない、何かプラスαの部分が、その魅力の相当部分を占めていると、僕は思うんだけど。Qさんには釈迦に説法かもしれないけど、その吸引力の源は、古人の眼を通して見た自然の驚異とか、玄妙な学問の佳趣とか、当時の社会そのものへの関心とか、そうした科学と歴史…いわば文化そのものへの憧れじゃない。

「たしかにね。」

なのに、現状は見た目だけのインパクト勝負になってる。それだと、訴求力があるのは、モノ自体が新鮮な、最初のうちだけになっちゃうのは当然だよ。でも本当は、こういう博物系の品って、ルックスだけのアイドルじゃなくて、みんな味のある伝統芸人なんだから、売り手の方も、その魅力を上手にプロデュースする勧進元にならないといけないんじゃないかな?

「ああ、それは分かる。商売人としてTさんの言いたいことを、あえて下世話に取るとね、それは結局「箔付け」の話になるんだ。モノ自身を、より大きなストーリーを構成するピースの1つにして、そのストーリーの魅力で勝負する手法というかな。たしかに僕も含めて、その辺のところはちょっと弱いかもね。」

何かいいモデルがあるといいね。

「あるよ、あるある。僕は元々和骨董の世界から入ったから分かるんだけど、それをいちばん上手にやってるのが、茶道具の世界だよ。あれこそ、モノとその背後のストーリーを抱き合わせで売る商売というかな。現代の作でも、家元の箱書き一つで古物以上の価値が生まれるし、あれは全くうまいシステムさ。まあ、往々にして欲に転んで、滑稽なことも起きるけど。」

ああ、なるほど。うん、仏教美術なんかもそうだよね。あれも来歴が好きだし、出所さえ確かなら、ほんのちっぽけな残欠でも売れるもんね。

「そうそう。」

Qさん、理系アンティーク界の茶道具商を目指したらいいじゃない。中島誠之助みたいになって、ぜひ鑑定団に出てよ。

「あはは。でも、そのためには僕自身がパリかロンドンの店で修行して、箔を付けるところから始めないとダメだね。こりゃ前途遼遠だ…。」