「星を売る店」の神戸(5)…シガレットのことなど ― 2015年06月15日 19時47分48秒
さて、話が大幅に前のめりになりました。
主人公の「私」が家を出たところまで、場面を戻します。
この作品の主人公の動線には曖昧なところがありますが、
青々と繁ったプラタナスがフィルムの両はしの孔のようにならんでいる山本通りに差しかかると、
…という冒頭部は、おそらく北野あたりに家があって、そこを起点に小路沿いに坂を下り、山本通りまで降りて来たところと読めます。ここでいう「山本通り」は、町名としてのそれではなく、今でいう「異人館通り」のこと。
下の神戸地図は以前も載せましたが、ちょうど「星を売る店」が発表された年、大正12年(1923)に出たもので、ここにトリミングした範囲が、作中の「私」の行動範囲をそっくりカバーしています。
この地図で云うと、右上の角が北野町。その南側に山本通があります。山本通の表記が2個所、上下(南北)に並んでいますが、この2つの道筋に挟まれた地区が、町名としての「山本通1丁目、2丁目…」で、主人公が今歩いているのは、その北側の街路です。「私」は今この道を西に向かって歩いているところ。
「私」は煙草抜きの手品の練習をしながら、ぶらぶらトアホテル(東亜ホテル)のところまで来て、そこを左折して、トアロードを下って行きます。
〔…〕取り出したタバコはよじれていた。さらに試みた。もうてんでダメだ。…トアホテルの下に出ている。
これじゃタバコはみんな駄目になってしまうと気がついて、私は無難な一本に火をつけると、かどを曲って、広い坂路を下り出した。
これじゃタバコはみんな駄目になってしまうと気がついて、私は無難な一本に火をつけると、かどを曲って、広い坂路を下り出した。
(上掲地図の一部。すみれ色の線が主人公の動線)
このとき彼が手にしていたのは、「ABC」の紙箱だと文中には書かれています。
「星店」に出てくるモノで、正体が分からないモノは沢山あるのですが、文中に盛んに出てくる煙草の銘柄もその一つです。
「星店」に出てくるモノで、正体が分からないモノは沢山あるのですが、文中に盛んに出てくる煙草の銘柄もその一つです。
・ABC
・スター
・ジャコ
・サルタンス
・アイシス
・スター
・ジャコ
・サルタンス
・アイシス
このうち「スター」は日本の煙草で、これ[→リンク] のことと思いますが、あとはさっぱり分かりません。ただ「ABC」に関しては、銘柄ではなく社名、つまりドイツのバッチャリ社が「A.〔=August〕 Batschari Cigarette」、略して「ABC」というロゴを自社製品に刷り込んでいたので、あるいはそれかもしれません(違うかもしれません)。
(1916年のバッチャリ社の雑誌広告。煙草の銘柄は「ヴェルトシュテルン(世界の星)」。約19×27cm)
昔の煙草メーカーは、いずれもイメージ戦略を重視し、才能のあるデザイナーを重用していたので(日本でもそうでした)、バッチャリ社のアイテムも、そのクオリティの高さから熱心なコレクターが多いと聞きます。上の広告なんかは、いかにもタルホ好みの世界です。
ちょっと後の方の描写になりますが、「私」と友人のNは、盛んに紫煙をくゆらせ、煙草談義に余念がありません。
N「この匂いはなんだな、飛切り上等のプレーンソーダと似合うね。」〔…〕
私「ジャコっていうのは貴婦人向きだね」〔…〕
N「君にはサルタンスのお月様がいいんじゃないのかい?」
私「アイシスは安くて、しかも品がいいよ」
私「ジャコっていうのは貴婦人向きだね」〔…〕
N「君にはサルタンスのお月様がいいんじゃないのかい?」
私「アイシスは安くて、しかも品がいいよ」
煙草は手品の題材となり、「私」に霊感を与え、星を売る店の店員も「星」を煙草に応用することをしきりに勧めます。この作品世界では重要なキーアイテムですが、読者は足穂氏の煙に巻かれぬよう、十分用心しなければなりません。
★
なかなか肝心の店にたどり着かず、もどかしいですが、この項ジワジワつづけます。
何の構想もなしに書いているので、どうしても冗漫になります。
何の構想もなしに書いているので、どうしても冗漫になります。
(次回はトアホテルの話)
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