「星を売る店」の神戸(7)…星店へのナビゲーション(前編) ― 2015年06月18日 06時58分55秒
この連載の第1回(http://mononoke.asablo.jp/blog/2015/06/10/)で、足穂の「星を売る店」は、大正時代に発表された当初、今とはずいぶん違う形だったらしい…と述べました。
そして、その初期形態を見るには、初版本を見るしかないと思っていたのですが、先日コメント欄で、ハヤカワ文庫の「日本SF古典集成〔I〕」に、それが収録されていることを教えていただきました。まことあらまほしきは先達哉。(chanson dadaさま、ありがとうございました。)
(ヨコジュンこと横田順弥氏編の『日本SF古典集成』。「星を売る店」は、師匠である佐藤春夫の「のんしゃらん記録」と並んでいます。)
両者を読み比べた感想として、本作は現行形態のほうが文学として遥かに成功していると思います。初期形態だと、「星店」を訪れた主人公が、店員と大げんかして幕になるのですが、その理由が「何光年も遠くの星を、竹竿で採れるはずがない」という、つまらぬ小理屈であったのは、一寸いただけません。それに、初期形態は全体に文章が冗漫で、説明口調です。
ただ、それだけに、いささか高踏的で分かりにくいところのある現行形態の欠を補い、解釈を容易にしてくれる長所もあります。
たとえば、主人公にタバコを勧められた友人が、「こりゃカリガリ博士の馬車じゃねえか」と返すシーン。私はあそこに、何か深遠な意味があるように思ったのですが、実はポケットの中で潰れた箱を、カリガリ博士の映画に出てくる、奇妙に歪んだ馬車に喩えただけのことでした。ちょっとガッカリですが、同時にスッキリしました。(なお、このセリフは、当初は友人ではなく、主人公のものでした)
そんなわけで、主人公の足取りと、「星店」が立っていた位置も、この初期形態を読むことで、いっそう明瞭になったので、これまでの復習を兼ねて、もう一度しっかり確認しておきます(以下、断りのない限りすべて初期形態からの引用です。現代仮名遣いへの変更は、ハヤカワ文庫版に従います)。
★
まず主人公が異人館通りに出た後、ぶらぶらトアホテルの前まで来るのは初期形態も同じですが、その距離は「ものの二三丁」と、一層具体的に書かれています。したがって、主人公の家は前に想像したよりもトアホテルに近いはずで、たぶん北野町3丁目あたりでしょう。大胆に推測すると、「私」は、ハンター坂を下り、現在「六甲昆虫館」の店舗(http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/02/10/)がある場所から、トアホテルの方に歩みを運んだ…のではないでしょうか。
(MAP 1:初期形態の記述により修正した「私」の移動経路)
トアロードについては、「三宮神社の前までつづいている広い坂路」と書かれているので、100%トアロードで間違いありません。「私」はそこを下りながら、「これから一たいどこへ行こうかしら?」と考えつつ、「元町を歩いてみよう」と心に決めます。
私はすたすたと歩を進めた。が、ものの半丁も行かぬうちに、右の方に、キラキラと瓦斯に照らされた美しいショーウィンドーを見かけて、思わずその方に近づいて行った。
(MAP 2:トアロードから元町通り、さらに南京町へ)
「私」は三宮神社の脇から、元町通りの方に歩き出します。すると右前方に美しいショーウィンドウが見え、思わず吸い寄せられます。主人公の移動距離からすると、このショーウィンドウは、100メートル以上手前から見えていたはずで、それだけ光が鮮やかだったのでしょう。
それは大きなパラソル店で、いろんな格好をした蝶々のような女の傘が、その大きなガラス板の向うに、一ぱいぶらくったり、花壇のように組み合わしてあるのだ。それらに、花やかな青い瓦斯の光が、水のようにながれて、そこだけ、この街上の夕方の光とは又まるで異った―云わば、水族館の魚を入れた箱をのぞいた時のような、不思議な別世界を造っていたからなのである。
しかし、そのすぐ手前、左に折れる細い路地の先に人だかりが見えたので、「私」はそちらに吸い寄せられます(吸い寄せられやすい男ですね)。
〔…〕けれども、私の足がまだその店のまえに行きつくさないうちに、私の目はいち早く別のものを見つけて、私のからだをそこに立ちどまらしてしまった。その青い飾窓から二三軒ばかり手前にある幅一間ばかりの露路の向うに―中華街になっているところに、何か黒だかりが見えたのである。で、私は、こんどはパラソルの方を打ちやって、その方へつかつかと入って行った。
そこで中国人の大道芸を見物しているうちに、「私」は友人のNに声をかけられることになりますが、その場所は<MAP2>の○印の辺りじゃないでしょうか(土地勘がないので、この辺は適当です)。
(中編につづく)
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