「驚異の部屋」の誕生…カテゴリー縦覧「驚異の部屋」編(おまけ)2015年08月14日 19時39分48秒

ところで、「驚異の部屋」はいつ始まったのか?

もちろん、検索すればそれは15世紀のイタリアで始まり云々…と書いてありますが、ここではもっと身近な話題として、「驚異の部屋」というコトバ(日本語)がいつからポピュラーになったかを書き留めておきます。

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国会図書館の蔵書検索に当ると、「驚異の部屋」を冠した書籍で、最も出版年が古いのは、以下の本だと教えてくれます。

■驚異の部屋 : ハプスブルク家の珍宝蒐集室
エリーザベト・シャイヒャー 著 ; 松井隆夫, 松下ゆう子 訳.
平凡社(1990.12)

(外箱(左)と本の中身)

1990年は平成2年、今からちょうど四半世紀前です。
いわば今年は、本邦における「驚異の部屋」25周年。
昭和時代には「驚異の部屋」をタイトルにした本が全く存在しなかった…というのも、ちょっと意外な気がしました。

そして、その次は9年とんで以下の本。

■文化の「発見」:驚異の部屋からヴァーチャル・ミュージアムまで
吉田憲司 著.
岩波書店(1999.5)

ここで時代は21世紀に替わり、さらに以下のタイトルに続きます(再刊は除く)。

■マーク・ダイオンの『驚異の部屋』 = Mark Dion’s chamber of curiosities : ミクロコスモグラフィア : 東京大学総合研究博物館小石川分館開館1周年記念特別展
西野嘉章 監修.
東京大学総合研究博物館(2003.1)

 
■マーク・ダイオンの「驚異の部屋」講義録 : ミクロコスモグラフィア
西野嘉章 著.
平凡社(2004.4)

■版画でつくる驚異の部屋へようこそ!展 = Willkommen in der "gedruckten" Wunderkammer!
町田市立国際版画美術館(2011.10)


■驚異の部屋 = Chamber of Curiosities KUM Version:京都大学ヴァージョン
東京大学総合研究博物館, 京都大学総合博物館 編 、『驚異の部屋-京都大学ヴァージョン』展実行委員会 監修.
東京大学総合研究博物館(2013.11)


■ギレルモ・デル・トロ創作ノート:驚異の部屋
ギレルモ・デル・トロ 著 ; マーク・スコット・ジグリー 共著 ; 阿部清美 訳.
Du Books(c2014)


■歴史のなかのミュージアム = The museum in history:驚異の部屋から大学博物館まで
安高啓明 著.
昭和堂(2014.4)

ギレルモ・デル・トロ(=映画監督)の著作のように、歴史的な「驚異の部屋」とは直接関係ない本を加えても、わずかに8冊。さらに以下の「ヴンダーカンマー」本2冊を加えても計10冊ですから、いかにも少ないですね。これまた意外でした。
たしかにポピュラーになったとはいえ、やはりマイナーはマイナーです。

■愉悦の蒐集ヴンダーカンマーの謎
小宮正安 著.
集英社(2007.9)

 
■真夜中の博物館:美と幻想のヴンダーカンマー
樋口ヒロユキ 著.
アトリエサード(2014.5) 

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さて、そんな「驚異の部屋」の揺籃期、1992年12月の雑誌「太陽」は、澁澤龍彦の『驚異の部屋』」を特集し、その巻頭に荒俣宏さんの「<驚異の部屋>の大魔王へ」という一文を据えています。

(「驚異の部屋」には「ヴンダーカムマー」と振り仮名が付いています)

これは興味深い一文です。荒俣氏は、前年の1992年6月に、アムステルダムで「遠い世界に触れさせる―芸術と奇品、オランダ収集品1585-1735」という展覧会を見た感想を書き付けたあとに、こう書いています。

 そういえば、わが大魔王澁澤龍彦の著作から唯一学びとらなかったことばがあった、とぼくはそのとき思いついた。ほかでもない、驚異の部屋(ヴンダーカムマー)というドイツ語である。それがどういう部屋で、またどういう歴史を閲(けみ)し、いかなる内実を有したかという点では、わが大魔王はきわめて雄弁にその妖異な魅力を語りつくしていた。いや、澁澤龍彦は、ヴンダーカムマーの典型であるルドルフⅡ世の収集物を筆頭に、これらをひっくるめて妖異博物館なる名称のもとに紹介の筆を惜しまなかったのだ。そして妖異なる名称は異端魔術を連想させる。したがって澁澤龍彦の子どもであるわれわれは、当然のように、長らくこれを錬金術工房に付随するがごとき魔術の側の施設と理解してきた。

日本における「驚異の部屋」のイメージには、当初、非常に魔術的な匂いの濃い、一種のバイアスがかかっていたというのです。たしかに、「驚異の部屋」にはそういう色合いがあるので、これは必ずしも間違いではないでしょうが、それが全てでもないので、やはり偏頗な理解だったと言えると思います。

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そうしたオリエンテーションを持ってスタートした、日本の「驚異の部屋」。
さて、現況はどんなものでしょうか。


93年の「太陽」編集子は、「メリエス=ドラコニアの華麗なびっくり箱が 軽みの90年代にどう展開するか」という問いを、読者に投げかけています。22年後の我々は、はたして彼(彼女)に何と答えるべきか?

「驚異の部屋」の歴史的実体については、その後まちがいなく理解が進んだと思います。そしてそのイメージは、多くの創作家に影響を及ぼし、「驚異の部屋」は今やあらたな像を結びつつあるようにも見えます。

ただし、「驚異の部屋」の真価たる「驚異そのもの」を、我々がそこからいっそう豊かに汲み出せるようになったかどうかは、少なからず疑問です。