銀河は回る2015年10月10日 10時01分45秒



先日の「子持ち銀河」とセットで買った絵葉書。
デザインからして、もともと同じシリーズに属する2枚でしょう。発行元は、表裏どこにも記載がなく不明。


“キリン星座渦状星雲〔新ドレ―ヤー二四〇三番〕の内部運動(陰画写真)”
…と説明文にあります。

きりん座は天の北極近く、カシオペヤの隣にある星座です。
「新ドレーヤー○○番」というのは、ジョン・ドレーヤーが編纂したカタログに基づく、いわゆるNGCコードのことで、メシエ番号と並んで使われる、各銀河固有の番号。
「NGC2403」について、ウィキペディアには、「この銀河は1788年にウィリアム・ハーシェルによって発見された。M81銀河団の一員であり、地球からの距離は約800万光年」 云々とあります。


図中の矢印は、数年という時間間隔をおいて同じ銀河を撮影し、その構成要素たる星の位置変化、すなわち固有運動を検出し、その方向と運動量を矢印の形で書き込んだもの。すなわち、渦巻銀河を構成する星が、まさに渦を巻くように回転運動していることを証明したとする写真です。

確認はしていませんが、おそらくこの写真のオリジナルは、オランダ出身の天文学者、ファン・マーネン(Adriaan van Maanen、1884-1946)によるもので、1920年前後の「アストロフィジカル・ジャーナル」誌で発表されたものだと思います。

上記のとおり、絵葉書の発行者は不明ですが、おそらく日本天文学会あたりでしょう。
それにしてもこの絵葉書、いったい誰が誰に送ることを想定しているんでしょうか?
渋い、余りにも渋すぎる絵葉書です。

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そして、これは渋いばかりでなく、かなり重要な時代の証人です。

ちょっとひねって言うと、この写真は「正しくて間違っている」写真です。
「正しい」というのは、渦巻銀河はたしかに回転していることが確認されており、この写真もそのように主張しているからです。一方「間違っている」というのは、当時のファン・マーネンの方法では、これほど明瞭に回転が検出できないことが分かっているからです。

当時、銀河の回転は、天文学上の大問題でした。
渦巻銀河の回転が易々と検出可能ならば、対象までの距離は相対的に小さいはずで、系外銀河(古風な言い方をすれば「島宇宙」)の存在に対する強力な反証となるからです。

実際、ファン・マーネンの一連の研究はそのようなものと受け取られ、1920年代前半、「島宇宙説」は、かなり旗色が悪かったです。当時の「大宇宙」は、我々の銀河系とその周辺部だけから成る、非常にコンパクトなものと一般に理解されていました。

周知のとおり、その後1930年代に入ると、エドウィン・ハッブルの才気が宇宙論にビッグバンを引き起こし、系外銀河の存在が常識になると同時に、我々の銀河系は大宇宙の中でごく微小な存在へと転化していったのです。

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ファン・マーネンの過誤の原因が何であったかは、いろいろ検討されましたが、最も大きいのは心理的要因だと言われます。火星の運河論争もそうでしたが、知覚の限界付近で観測するとき、人はつい自分の見たいものを見てしまう…これは訓練を受けた科学者でも同じことです。

そこに教訓を読み取ることは簡単ですが、人間の本性に根ざすものだけに、同じような過ちはたぶん将来も繰り返されることでしょう。(得るべきものは教訓ではなく、人間に対する「洞察」かもしれません。)