理系古書、健在なり ― 2015年12月23日 12時57分43秒
2015年を回顧するニュースがあちこちから聞こえてきます。
古書検索サイトのAbeBooks からは「取り扱い高額番付・2015」みたいな知らせが届き、「うーむ」と感慨深く眺めました。紙の本は売れない…と言いながら、やっぱり買う人は大勢いて、古書マニアも健在のようです。
このリストを見て少なからず驚いたのは、上位に名を連ねているのが、文学書の類よりも、むしろ理系・博物系古書だという事実です。この分野の人気が根強いことを知り、何となく心強く思ったので、どんな本が挙がっているのか眺めてみます(まあ景気のいい話だし、AbeBooksも怒るまい…と都合よく考えて、以下画像は寸借)。
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まず堂々第1位にランクインしたのが、イタリアで18世紀に出版された鳥類学書。
▲第1位
Saverio Manetti(著)
『Storia naturale degli uccelli trattata con metodo e adornata di figure intagliate in rame e miniate al naturale. Ornithologia methodice digesta atque iconibus aeneis ad vivum illuminatis』
Saverio Manetti(著)
『Storia naturale degli uccelli trattata con metodo e adornata di figure intagliate in rame e miniate al naturale. Ornithologia methodice digesta atque iconibus aeneis ad vivum illuminatis』
お値段は19万1千ドル、日本円でざっと2,312万円で、これはAbeBooksがこれまで扱った最高値を更新するものでした。(以下、青字はリンク先ページから引用した、AbeBooksによる説明文。)
「本書のタイトルは、『体系的な叙述を加え、縮小及び原寸大の銅版挿絵による装飾を施した鳥類の博物学』と翻訳することができる。1765年、フィレンツェで出版され、600枚もの美しい鳥類の手彩色銅版画を含んでいる。刊行はトスカーナ大公妃マリア・ルイーザの命によるもので、完成までに10年を費やした。本書の希少性(完品は過去40年間のオークションで、わずかに10部が出品されたのみ)とともに、その素晴らしい保存状態が、本書の価値をいっそう高めている。」
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そして、第2位も理数系の本です。
▲第2位
Nikolai Ivanovich Lobachevskii (著)
『Pangeometria』
書名は『汎幾何学』の意。1856年にロシアで出た、非ユークリッド幾何学の創始者、ニコライ・ロバチェフスキーによる著作です。価格は第1位に大きく水を開けられたものの、それでも34,245ドル、日本円で414万円。
Nikolai Ivanovich Lobachevskii (著)
『Pangeometria』
書名は『汎幾何学』の意。1856年にロシアで出た、非ユークリッド幾何学の創始者、ニコライ・ロバチェフスキーによる著作です。価格は第1位に大きく水を開けられたものの、それでも34,245ドル、日本円で414万円。
「幾何学の発展において重要な書」であると同時に、晩年視力を失ったロバチェフスキーが、口述筆記により執念で完成させ、直後に没したというドラマチックな背景も、高値に結びついた要因かもしれません。
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このあと、第3位に『チャーリーとチョコレート工場』の初版本が入り(2万5千ドル)、つづく第4位と第5位は、いずれも植物を扱った19世紀の博物学書です。
▲第4位
John Lindley(著)
『Sertum Orchidaceum: A Wreath of the Most Beautiful Orchidaceous Flowers』
『セルトゥム・オルキダケウム』というラテン語タイトルは、「蘭の花輪」の意。換言して「最美のラン科植物の花々による花輪」という副題がついています。価格は24,643ドル、日本円で298万円。
John Lindley(著)
『Sertum Orchidaceum: A Wreath of the Most Beautiful Orchidaceous Flowers』
『セルトゥム・オルキダケウム』というラテン語タイトルは、「蘭の花輪」の意。換言して「最美のラン科植物の花々による花輪」という副題がついています。価格は24,643ドル、日本円で298万円。
「蘭に関するあらゆる本の中でも、最も稀で最も魅力的な本の初版。49枚の手彩色石版画を含む。リンドレー(1799-1865)は植物学者・園芸家にして、ラン学のパイオニア。」
▲第5位
Jaume Saint-Hilaire(著)
『Plantes de la France』
『フランスの植物』と題された大部な本です。価格は22,549ドル、日本円で273万円。
「偉大な植物学書のひとつ。10巻本で出た初版。元は1819年から1822年にかけて、予約購読者を対象に(著者サン=イレールが自費を投じ)94回分割払いの分冊形式で頒布したもの。千点の銅版刷りの多色図版を含む。」
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次いで第6位は、ちょっと毛色の変わった数学書。
▲第6位
Robert Record(著)
『The Grounde of Artes』
Robert Record(著)
『The Grounde of Artes』
著者のロバート・レコード(1512頃-1558)は、イギリスの物理学者・数学者で、等号記号(=)の発明者にして、加算記号(+)を英語圏に初めて紹介した人として知られるそうです。
本書、『諸技法の基礎』は、商売向きの算術解説書。
価格は22,083ドル、日本円で267万円。
「初版は1543年に出ており、本書は1579年の印刷。現代の教科書と同様、本書も繰り返し編集の手が加わっており、1699年までに少なくとも45種類の新版が出ている。この1579年版には、〔有名な錬金術師・占星術師である〕ジョン・ディーの手になる編集が含まれる。」
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このあと、第7位はジョージ・エリオットの『牧師館物語』初版、第8位はトールキンの『指輪物語』全3部作初版(うち1冊は著者サイン入り)、第9位は英国王室付き出版業者であるバスケット家が手掛けた18世紀の『聖書』が入り、いずれも1万9千~2万ドルの値を付けています。
そして第10位には、現代の宇宙物のノンフィクションがランクイン。
▲第10位
Martin Caidin(著)
『The Astronauts: The Story of Project Mercury, America's Man-in-Space Program』
Martin Caidin(著)
『The Astronauts: The Story of Project Mercury, America's Man-in-Space Program』
この『宇宙飛行士たち―アメリカ有人宇宙飛行計画、マーキュリー・プロジェクト物語』(1960)が、初版本とはいえ、堂々18,500ドル(224万円)の値を付けたのは理由があって、アラン・シェパードやジョン・グレンなど、マーキュリー計画に関わった7人の宇宙飛行士全員のサインが入っているからです。
以下、ベスト10からは漏れましたが、11位と12位にアイザック・ニュートンの著作が並んで入っているのも目を惹きます。
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デジタル・ライブラリーで何でも読める世の中ですが、美しい挿絵を愛でる博物学書の人気が、今も高い理由はよく分かります。液晶画面で見るのは、やっぱり味気ないですから。
でも、そうした要素とは縁遠いはずの、物理学書や数学書の類も、依然として古典籍としての需要があるという事実は、モノの持つ力を雄弁に物語っているようです。
少なくとも、一部の人にとって、具体的なモノが放つ魅力は、「情報」や「バーチャル体験」に還元できない性質のものであり、たとえて言うなら、中世の人々にとって、聖杯や聖槍が持っていた意義に相当するものかもしれません。
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