地震学の揺籃期(3)2016年04月21日 22時11分56秒

小学生が地震計を作るとしたら…という、前回の仮想質問に対する1つの答がこれです。


アメリカで学校教材として売られている簡易地震計で、ご覧のとおり学研の付録的な品ですが、それだけに地震計の素の構造がよく分かります(探せば、日本にもあるかもしれません。いや、探すまでもなく、身の回りの材料で簡単に作れそうです)。

これはいったいどういう原理に基くものか?

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地震計の要は「不動点」であり、それを作り出すのが「振り子」です。
重りをぶら下げた糸の端を持って、小刻みに動かしても、重りは慣性の法則に従って止まったままだ…というのが、その原理です。

ここに見慣れた「振り子」の姿はありませんが、横から突き出た針金に、やっぱり重りが付いているのが見えます。上から糸でぶら下がった普通の振り子を「垂直振り子」というのに対して、この地震計で使われているのは「水平振り子」と呼ばれるものです。

オマケとして、もう1つアメリカの教材から。


これも仕組みは上のものと全く同じです。こちらは重りの位置を針金の先端に持ってきて、重り本体に記録用の鉛筆を取り付けています。

いずれも記録用紙は自動で巻き取られないので、手で引っ張って記録します。ですから、このままだと実際の地震の記録にはほとんど役立ちませんが、工夫好きの小学生だったら、もっと実用レベルまで持って行けるかもしれません。

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ここで和達の『地震学』に戻ります。
以下はp.128の「第二十九図 地震計の基本型」より。


Aが前に述べたとおり「垂直振り子」です。右側の「乙」は、揺れる方向を一方向に制限したタイプ。


「この種の垂直振子型地震計は最も早く発達したる地震計にして現今にても用ゐざることなけれども、固有振動の周期の大なるものを得べき事が実際上甚だ困難なるが故に、近時この種の地震計は多く用いられず。(pp.128-129)

ここに出てくる「固有振動」が、地震計を考えるときのキーワードの1つ。
固有振動の周期を大きくするとは、すなわち振り子の糸を長くすることです。固有振動の周期が小さい(=糸が短い)と、素早い揺れの時はいいですが、ゆっくりした揺れだと、揺れに合わせて重りも一緒に動いてしまうので、不動点として役立ちません。糸を長くすればこの欠点をカバーできますが、今度は取り回しが甚だ不便です。

そこで工夫されたのが、「水平振り子」を応用した地震計です。
図のB、C、Dは、いずれもそのバリエーション。

(B 「円錘振子型」。「現今我が国に於いて用ゐらるる大森式地動計はこの型の下方がピポットにて支へらるるものにして中村式地震計は、下方がスプリングにて支へらるるものなり」)

(C 「前者と何等構造上其の作用の異なる所なし。〔…〕我が国に広く使用されたる簡単微動計、強震計はこの型なり」)

(D 「二本吊水平振子型」あるいは「ツェルナー吊」。「現今用ゐらるるガリチン地震計の水平動に於いてはこの方法を用ゐられたり」)

上からぶら下がるのではなく、横方向に突き出た重りが、左右というか、前後というか、とにかく地面と水平な方向に振れる振り子です。(振り子が揺れる面、すなわち支点を要にした扇形が、水平振り子では水平に、垂直振り子では垂直になっていることが、それぞれの名称の由来です。)

水平振り子は、垂直振り子とちがって、往復運動に関与する重力成分を小さく(完全に水平ならゼロに)できるために、コンパクトサイズで固有振動の周期を長くできるのだ…という理屈が、『地震学』には詳説されていますが、相変わらず読む方の理解が伴いません。

(p.133より)

いずれにしても、アメリカの地震教材も、この水平振り子の応用であり、図でいうとBやCの仲間ということになるのです。

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図に登場する残りの2つのうち、Eは「倒立振り子」を用いた地震計で、タイプとしては垂直振り子のバリエーションになります。


(E 「倒立振子型」。「我が国に於いて近時大いに用ゐらるるウヰーヘルト(Wiechert)式地震計はこの種なり」)

そして最後のFは「上下動地震計」。地震の縦揺れを記録するためのものです。
それに対して、AからEは(振り子の水平、垂直の区別とは別に)地震の横揺れを記録するためのものなので、ひっくるめて「水平動地震計」と呼ばれます。


ここで使われているのは、昔習った「ばね振り子」であり、その応用です。

上下動地震計は単にある重錘を螺旋によって吊るしても得べきものなるが前の図に示すが如く柄を出して其の先端に重錘をつけ、且螺旋の固著点を稍々下方に置きたるは、専ら固有周期を長からしめん意図に外ならず。之垂直振子を水平振子にて改良を図りたると同様なる試みなり」 (p.130)

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地震計もだんだん手に余ってきたので、この話題もそろそろ終息させます。

まあ、地震計にもいろいろあることは分かりましたが、「現今」といい、「近時」といっても、所詮は90年も前の話ですから、当時の地震計の多くは、すでに博物館入りしています。それを概観できるページにリンクを張っておきます。

国立科学博物館地震資料室より「地震計資料室」のコーナー
 http://www.kahaku.go.jp/research/db/science_engineering/namazu/

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なお、前回の記事では、地震の揺れ方の複雑さについて触れ、「それをまんべんなく捉える記録装置を、どうやったら作れるのか?」と書きました。
結論から言うと、1台で何でも記録できる万能地震計はないので、いろいろなタイプを組み合わせて観測するというのが正解のようです。


(次回、落穂ひろいをして、この項完結の予定)