星を見上げる夢のおうち2017年04月23日 11時16分20秒

「空の旅」の途中ですが、この辺で箸休めです。

   ★

今日の朝刊を開いたら、紙面の隅にこんな広告が載っていました。


昨日から、愛知県の刈谷市美術館で始まった、「描かれた大正モダン・キッズ 婦人之友社 『子供之友』 原画展」の案内です。(会期は4月22日~6月4日。詳細はこちら
 
これまで東京や兵庫を回って来た巡回展で、6月以降は、山形県の天童市美術館が会場になるそうです。

で、この広告に目が留まったのは、そこに使われた村山知義(1901-1977)の表紙絵が、あまりにも印象的だったからです。

(上記刈谷市美術館のサイトより寸借)

チラシ掲載の画像だと、元はこんな色合いで、1924年(大正13年)という発表年を考えると、これはもうモダンの一語に尽きます。


震災の翌年、当時まだ20代前半の新進モダニスト・村山がイメージしたところの、「一人の少女の目を通して見た理想の家」の姿がこれです。

家の中には犬がいて、ネコがいて、人形芝居が演じられるかと思えば、みんなで楽器を演奏し、気が向けば油絵を描き、そして天窓から望遠鏡で星を眺める…

旧来の家族制度を脱した、友愛に基づく人のつながり。
芸術と科学が日常に溶け込んだ生活。

これぞ大正モダニズムに裏打ちされた理想主義で、付言すれば、そこにトルストイ的な土の匂いを混ぜ込んだのが、やはり大正末期に、宮沢賢治が羅須地人協会で目指したライフスタイルなのでしょう。

   ★

この絵では、星を眺めることが、絵画や音楽と並立する活動としてイメージされており、当時は金色に光る望遠鏡が、キャンバスやギターやピアノと同様の色合いを持っていた…というのが、天文趣味史的には興味深い点です。

要は、天体望遠鏡はハイカルチャーの象徴であったわけですが、でも同時に、それは天体観測がホビーとして人々の間に根付きつつあったこと、そして天文学が象牙の塔や一部の富者の元から、市井の人々の手の届くところまでやってきたことを意味しています。

まあ、大正時代の日本の現実はともかく、イメージとしては確かにそうで、震災の前後から一般向け天文書の出版点数は急速に増え、このあと野尻抱影は「時の人」となっていきました。

   ★

望遠鏡イメージのポピュラライズについては、「空の旅」の最後の方で、もう一度言及します。

コメント

_ S.U ― 2017年04月23日 15時28分30秒

なにやら楽しそうな広告ですよね。これは、愛知県限定版でしょうか。
 
 大正時代の都市部の生活というのは私には思いも及ばないので、自分の体験した戦後昭和中期の農村部の生活から類推するのですが、とてもこういうしゃれた感覚はなかったです。テレビや電蓄を買って楽しむとか、オートバイを載りまわすとか、天然色映画で日本のアイドルスターに触れるとか、子どもと行楽地へ旅行に行くとか、それはそれで立派な新時代文化だとは思うのですが、雰囲気がかなり違うのはどういうことなんでしょうか。

 それでも、1960年代頃にはまた野尻抱影の人気が復活したわけで、このへんの底力は本当にすごいです。

_ 玉青 ― 2017年04月24日 21時47分56秒

この表紙絵に描かれているのは、当時の都市部の子どもたちの平均的な姿ではなく、当時にあっても例外的に尖端的なものだったと思います。まあ、普通の家の子どもは、駄菓子屋の店先でメンコやベーゴマという、セオリー通りの遊びにふけっていたでしょうし、農村では文字通り野山を駆け回って遊んでいたことでしょう。イメージと現実の乖離はいつの世にも見られますが、多分これもその1つではないでしょうか。

_ S.U ― 2017年04月25日 06時25分22秒

>イメージと現実の乖離
 やはり、そうですか。現実は思っているようにはなりませんものね。
 しかし、当時の農村の子ども達が野山やメンコで遊びながらも、どういう暮らしをモダンでロマンと考えていたかを聞いてみたい気がします(そうするのを望んだかどうかは別問題として)。やはりこういうことを考えたのでしょうか。
 私たちの昭和中期も野山やメンコで遊んだことは変わりませんが、モダンでロマンというとカッコいい車を買うとか国内・海外旅行に行くとか、まあちょっと違うけど基本的には同じようなものか。大正ロマンと昭和30年代の夢と希望を比べてその感覚の違いをあぶりだそうとしたのですが、うまくいかずわけがわからなくなってきました。すみません。

_ 玉青 ― 2017年04月26日 23時02分08秒

つらつら思うに、大正時代のロマンとは結局、舶来信仰に帰着するのかなあ…と思いました。仏蘭西の名画や香水、「近時独逸に勃興せる○○主義」、そういう外来の品物や新思潮に心を奪われ、秋ともなればヴィオロンのため息にうっとりする…というのが、大正ロマンの肝でしょう。

片や昭和30年代も、舶来信仰は依然健在だったと思いますが、そのご本尊は完全にアメリカに置き替わって、オートバイを乗り回し、アイドルに嬌声を上げ、一家で旅行していっとき贅沢を楽しむといった、とにかく「物質的豊かさこそ善」という、ミッドセンチュリーのアメリカ的価値観に染まっていたのが、昭和30年代の日本ではないでしょうか。

結局、外来のものをありがたがるという根っこは変らなくても、二度の世界大戦によって欧州が没落し、その分アメリカが焼け太りして日本人の羨望を一身に集めるようになった…というのが両者の主たる違いのように思います。

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