旅と病2017年05月07日 09時20分50秒

旅に関連して、最近思いついたことがあるので、書き付けておきます。

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自分が高校を卒業し、浪人生となった頃のエピソードです。

あの頃の自分は、何となく落ち着かない気分でした。
「何かこの世界に大変なことが起きるんじゃないか」という不安と焦燥感に駆られ、「こうしてはいられない」と、気持ちが常にソワソワしていたのです。
友人から「世界の真実を語る○○という人」の噂を聞かされると、ぜひその人に会いたいと思うぐらい、心が浮動的でした。

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この記述を読むと、統合失調症について学んだ方ならば、それは一種の「世界没落体験」であり、統合失調症の初期に見られる典型的な症状だと思われることでしょう。
確かにその通りで、もしあのタイミングで受診していれば、ほぼ確実に統合失調症の診断が下され、すみやかに投薬が開始されたはずです。

幸か不幸か、私の場合、特に治療を受けることもなく、そのまま症状は消失し、今に至っていますが、このことから想像するに、統合失調症の生涯有病率は、現在考えられているよりもはるかに多くの暗数を含んでいて、実際には相当数の自然寛解例があるのではないか…という気がします(通常の疫学調査にはかからないので、あまり目立ちませんが)。

大学の新入生がカルトにはまって、その後発病…というのも、よく耳にしますが、自分のことを振り返ると、彼/彼女らの心の動きは、実感として分かる気がします。

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例によって湯船につかりながら考えていて、ふと、統合失調症とは実は「自立の病」なのではないか…と思いました。さらにまた、<今ここ>から<どこか遠く>をひたすら目指す「旅の病」ではないのか…とも。

自分が若い頃に味わった、あの気分。

「こうしてはいられない」、「今の世界は『本当の世界』ではない」、「どこかにある『真実』を求めて、自分はただちに歩み出さねばならない」という焦慮感――。

これはひょっとしたら、ヒトが成長の過程で自然に発現させる、生物学的にプログラムされた心の働きであり、大昔、例えばヒトが定住生活を送る以前は、種の拡散にきわめて有利に働いた資質なのかもしれません。即ち、巣立ちと旅立ちを促す動因というわけです。

遠い昔のヒトは、常に社会的であることを求められず、むしろ、ライフコースのどこかで非社会的になり、「群れ」を離脱することがスタンダードであり、そして放浪の末に、他の群れに再統合された。…これは、群れで生活する他の哺乳類でも、見られるパターンですから、あながち根拠のない空想でもありません。

そして、それこそが、統合失調症が思春期の直後に好発年齢を迎えることの意味ではないかと、湯につかりながら思ったのです。(ただし、他の生物の場合、そういう行動を取るのは主にオスですが、統合失調症の発症に性差はないとされているので、両者をパラレルに捉えることには、一定の限界があります。)

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もちろん、過ぎたるはなお及ばざるが如し。
やはり統合失調症には、「病」と称するほかない状態像もあります。
幻覚、妄想、そして自我の解体…。

あるいは、彼らはあまりにも急速に自立を求め過ぎたのかもしれません。
彼らは自らの王国を築くとともに、他人から干渉され、侵食されることを断固拒絶し、その王国を守ることに全精力を傾け、結果的に社会から受け入れられない存在となりがちです。でも、それこそ「自立」の陰画でもあるのではないでしょうか。

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「予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず〔…〕そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず」云々という、芭蕉の『奥の細道』の有名な序文。

当時の芭蕉は45歳ですが、彼が漂泊の思いにとらわれ、風狂に目覚めたのは「いづれの年よりか」はっきりしない、かなり若年の頃からのようでもあります。芭蕉が現代の診察室に現れたら、おそらくは…と思わなくもありません。

「旅」には、常に狂的な要素と、癒しの要素が並存しています。
正確にいえば、「旅」は狂的な要素によって始まり、癒されることで終わるのでしょう。

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しっかり概念規定をしないまま、連想で話を進めているので、いささか取り留めのない文章になっていますが、人生の終盤に差し掛かった今も、果たしてこれが自分のいるべき場所なのかな…と、ふと疑問を感じることがあります。

思春期ならぬ思秋期のそれも、やっぱり群れからの離脱を促しますが、若い時のそれとは違って、今度の旅のゴールは至極明瞭です。そして再統合されることは二度とありません。要は死に場所を求めての旅です。寂しいような気もしますが、でも、それは永遠の癒しでもあります。


(何だか深刻ぶって書いていますが、この文章は深刻に読まれるべきものではありません。すべては湯船の中で考えたことです。)