彗星の記事帖(3)2017年05月14日 16時36分18秒



ハレー彗星の記事の次に来るのは、20回に及ぶ連載記事「彗星と災異」の第一回。
その冒頭部を読んでみます。

「彗星爛たり、水漫々たりと云ふ古語はあるまじきも、本年は大彗星出現して、仏蘭西の巴黎〔パリー〕、日本の関東、東北、東海とに大洪水汎濫し、山を崩し、都卑を浸し、人畜を害し、資材を流せしこと其幾千万と云ふ数を知らず。」

ネットを拾い読みすると、1910年1月下旬のパリは、前年からの多雨によって河川の水量が増して、ついに1月28日には、通常より8.6メートルも水位が上昇し、市内各所が冠水した由。

日本でも、1910年は大洪水の年でした。

ウィキペディアには、「明治43年の大水害」というのが項目立てされていて、
「各地で堤防が決壊、関東地方における被害は、死者769人、行方不明78人、家屋全壊2,121戸、家屋流出2,796戸に及んだ。〔…〕群馬県など利根川左岸や下流域のほか、天明3年(1783年)の浅間山大噴火後徹底強化した右岸側においても、治水の要、中条堤が決壊したため、氾濫流は埼玉県を縦断、東京府にまで達し、関東平野一面が文字通り水浸しになった。」
…と書かれています。「濫流は埼玉県を縦断」というのが、何ともすさまじいです。

ただし、この関東の大洪水が起きたのは同年8月のことです。
したがって、この彗星の記事が新聞に載ったのは、当初想像したような「5月」ではなくて、1つ前の「ハリー彗星」の切り抜きから3か月ほど経過した、8月以降のことになります。

ちょっと悠長すぎる気がしなくもないですが、きっと洪水の大惨害を前にして、忘れかけていたハレー彗星の記憶がふと甦り、記事執筆者(以下、編集子)の好奇心をいたく刺激したのでしょう。そして、その記事がまた大友翁の興味を刺激することになります。

「故に一方に於ては、学者の説として、彗星の出現と天災地変とは何等の関係なしと云ふ証言あるにも拘〔かか〕はらず、天下の万衆は尚ほ其間に幾分の影響あらざるやを疑ふの念慮を絶つこと能はず、殊に仏蘭西の某天文学者は已〔すで〕に右の大関係ある由を吹聴せしにより、一層旧来の迷信を高めたる観あり…」

ここに言う「仏蘭西の某天文学者」とは、フラマリオンのことではなく、当時ムードン天文台の台長だった、アンリ・デランドル(Deslandres Henri 1853-1948)という人らしいです。

(参照) 1910年のハレー彗星騒動―1910年3月3日
   ★

(「彗星と災害」連載第3回・部分)

こうして新聞連載は、第2回目以降、彗星をめぐる古来の説を振り返り、さらに遠い飛鳥・白鳳の昔から説き起こし、歴代の彗星観測の記録と天変地妖の記事を突き合わせて、両者の関係の有無を考究していきます。

(この項つづく。次回あっさり完結)

コメント

_ S.U ― 2017年05月15日 20時46分39秒

ご紹介のアンリ・デランドルの説と解説記事を興味深く拝見しました。確かに、この説は、今日知られている事実や知見に照らし合わせると「荒唐無稽」であることは否めませんが、さりとて、珍説とか疑似科学というのはちと言い過ぎと思います。「赤い惑星」様のご見解とは違うことになりそうで申し訳ありません。

 彗星から放出されている大気に太陽からの微粒子(太陽風)が当たるとX線が出るというのは今日では観測で確認されていることですが、1910年当時は実験室での放電によるX線の発生は確認されていたものの、大気中でのX線の発生は、その知識を地球周辺空間にめいっぱい応用した大胆かつ冷静な仮説であったというべきではないでしょうか。また、放射線が大気中で水の凝結を招くというのは、すでにあった霧箱から思いついたことと思いますが、当時は、宇宙線も太陽風もまだ発見されていませんでした。宇宙線の影響で雲ができるという「スベンスマルク効果」は1997年から研究されていて、CERNで実験が行われました。宇宙線の影響で雲ができるかはまだ決着しておらず、雲ができても天気や気候に影響を与えるほどではないというのが有力らしく、ましてや彗星の気体からのX線の効果など微々たるものというのは間違いありませんが、今日、このような判断が出せるのは、彗星の気体の密度、太陽風の密度、X線の発生機構と電子の相互作用、大気中の電離損失と水滴の凝結効果などがそれぞれ定量的に計算出来るからで、それができる以前の仮説の段階では珍説とか疑似科学ということはないでしょう。むしろ、デランドルは、方向的にはすばらしい科学的な直感の持ち主であったと思います。

_ 玉青 ― 2017年05月17日 07時14分36秒

デランドルの説も、当時の時代背景に置いてみれば、なかなかの創見だったわけですね。かくのごとく学理の深いところに入ってくると、私にはコメントが難しいですが、となると編集子が上の記事で叙した、

「吾人は世の学説を尊重して、漫(みだ)りに愚民の陋見を幇助することはなさざれども、元来学説なるものは、古来種々の変遷あり、進歩ありて、万古不動の理は至て乏しき実例を示すにより、他はしばらく措くとするも、彗星と洪水との関係は、或は多少の連鎖を保つにあらざるやを疑はざるを得ず。」

…というのもなかなかの見識で、この辺の論の運びが、理性的な大友翁の共感を誘ったのかもしれませんね。

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