マッチをくわえた「月の男」2017年11月05日 10時21分55秒

今でもマッチはありますが、いつの間にか身辺からずいぶん遠い存在になりました。
今やコンロでもストーブでも、自動点火装置が標準装備ですから、マッチはおろか、チャッカマンや100円ライターの出番すら減っていることでしょう。

でも、こんなことで、「今の子供はマッチひとつ満足に擦れんのか!」…と、老人面して威張ってはいけないので、私のマッチ体験だって、昔の人に言わせれば、ずいぶん貧弱なものです。

というのも、私の知っているマッチは、「安全マッチ」だけだからです。
安全マッチというのは、マッチ箱の側面の紙やすりみたいな焦げ茶色の面にシュッ!とこすりつけて、初めて発火するというもので、面倒臭いかわりに安全なので、その名があります。使われる火薬の種類から、これを「赤燐(せきりん)マッチ」とも呼びます。

それ以前のマッチは黄燐(おうりん)を使った「黄燐マッチ」でした。
これはちょっとした摩擦ですぐ発火するので、専用の“紙やすり”を使う必要はなくて、壁でも靴底でも、シュッとやればパッと火が点くという、便利な代わりに、非常に危なっかしいものでした(黄燐自体、毒性があったので、その意味でも危険でした)。

マッチの発明は1820年代のことで、それから100年ばかり黄燐マッチの時代が続き、それが赤燐マッチに置き替わったのは、1920年代のことだそうです。

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黄燐マッチの時代、特に1890年代から1920年代にかけて、この危険な火種を携行するために、小型の金属容器が愛用されました。英語だと「ヴェスタ・ケース(vesta case)」と呼ばれるものです。

日本の印籠や根付もそうですが、日常持ち歩く品が装身具化するのは、洋の東西を問わないことで、ヴェスタ・ケース(以下「ヴェスタ」と呼ぶことにします)も、時と共に装飾化が著しく進みました。その後、安全マッチの普及によって、ヴェスタは実用性を失いましたが、そのデザインの多様性によって、ヴェスタのコレクターは今でもずいぶん多いようです。

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さて、前置きが長くなりましたが、以下本題。
ヴェスタには非常に多くのデザインがあるので、当然、月をモチーフにしたものもあります。で、これがなかなか洒落ているんですね。


上は、19世紀後半のイギリス製。
金満家は、金や銀のヴェスタを愛用しましたが、これは銅、ないし銅の比率が高い真鍮で出来ています。赤銅色をした、「あかがねの月」ですね。


リーゼントみたいな頭部をパカッと開けて、中にマッチを収納します。


後頭部というか、背中のギザギザは、マッチを擦るための工夫。


タルホ好みの有明月の向きにしたところ。
高さ5センチの小芸術。

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この「月の男」のヴェスタ、他にもいろいろ変わったデザインがあるので、それらも眺めてみます。

(この項つづく)


【付記】
 ヴェスタについては、当然のことながらWikipediaに一通りの記述があって、上に書いたことは、もっぱらその受け売りです。


コメント

_ S.U ― 2017年11月05日 12時00分00秒

今日の赤リンマッチでも、マッチ棒の着火部分の先端(頭頂部)に、箱の側面から赤リンの粉(箱にある茶色いのが赤リンです)を一定量こすりつけたものを使うと、マッチ箱がなくても、普通の金属や板などにぶつけた衝撃で発火します。中学生のときに西部劇の真似をして遊びました。

 でも、こする際にごしごしこすると当然発火する場合も多く、箱まで燃える危険がありたいへん危ないですし、マッチ棒の持ち歩きもたいへん危ないです。マネしないで下さい。(仮にヴェスタ・ケースを持っていらっしゃるにしても)マネしないで下さい。

_ Nakamori ― 2017年11月05日 13時01分06秒

ヴェスタ・ケースというものを知りませんでした。すごいですね!こんなモノにまで天文の意匠が施されているのですね!ところで玉青さまは、実際に、このヴェスタに黄燐マッチを入れて、背中のギザギザで擦られたのでしょうか?

月が置かれた場所がはくちょう座ってとこが面白いですね。普段は来たことがない場所でこと座を愛でているようにも見えます。

_ 玉青 ― 2017年11月06日 07時10分11秒

○S.Uさま

ありがとうございます。赤燐はマッチの頭ではなく、箱の側面の方にあるんでしたね。その辺を曖昧にしたまま記事を書いていました。
ときに、私も遠い記憶がよみがえりました。普通のマッチを西部劇のマッチみたいに変える方法が、確かに子供向けの本に載っていた気がします。自分でも試みたはずですが、その辺の記憶が薄いのは、あまり上手くできなかったせいでしょう。

○Nakamoriさま

手元のヴェスタ・ケースを実用に供したことは未だないですねえ。
はくちょう座はちょうど星図帳の真ん中ぐらいのページに載っていて、ページの開きやすさで選んだ面もありますが、でも形も名前もカッコイイので、私の大好きな星座のひとつです。

_ S.U ― 2017年11月06日 17時54分49秒

>子供向けの本に載っていた
 当時は危なかろうが何だろうが、載っていましたね。経験とリスクは背中合わせですから自己責任です。

>記憶が薄いのは、あまり上手くできなかったせい
 いろいろとコツを得るまでやってみた記憶があります。
 
 頭頂部に分厚く盛り上げて、こすると言うより軸を垂直にして壁にたたきつける。箱を息などでちょっと湿らせてこすりつけ、あとから乾燥させる。箱から赤リンの粉を削り取り、それを集めてある程度固めてから塗布する、といった当たりではなかったかと思います。危ないのでマネしないように(と現代では書いておかないといけない)。

_ 玉青 ― 2017年11月07日 21時31分41秒

おお!これは秘伝をお授けくださりありがとうございます。
江戸の敵を長崎で…じゃありませんが、いよいよ子ども時代の不全感を晴らす時が来たようです(もちろん、すべて自己責任で)。(^J^)

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