Crystals of Crystal(後編)2017年11月20日 06時49分40秒

クリスタルガラス製の鉱物結晶模型の全容はこうです。

(販売時の商品写真の流用。奇妙な手は、大きさ比較用のラバーモデル)

この結晶模型セット、メーカー名の記載がどこにもありませんが、売り手であるイギリスの業者の見立てでは、1890年ころのドイツ製。

年代については、1890年前後で特に矛盾はありませんが、下で触れるように、この種のセットは1920年代にも販売されていたので、もう少し時代は幅を持たせた方が安全かもしれません。

また、販売を手がけたのはドイツの会社かもしれませんが、生産国はおそらくチェコでしょう。つまりドイツの業者――おそらくクランツ商会あたり――が、チェコのガラス工房に発注して、商品として販売していたのだと思います。

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ガラスの結晶模型への憧れを書いたのは、今回が初めてではなく、以前も心情を吐露したことがあります。

上の記事は、ガラス製の結晶模型の実例を紹介するページにリンクを張っており、そこで紹介されているのは、透明ガラスと色ガラスの模型が同居する可憐なセットでした。しかし、一種の親バカかもしれませんが、手元のオール透明ガラスのセットの方が、結晶美という点では、一層純粋で好ましいと思います。(結晶美とは、畢竟、無味・無色・無臭の抽象世界に成立するものでしょう。)

(結晶の面角を正確にカットしたガラス塊の輝き。おそらくボヘミアガラスの職人技)

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ガラスの結晶模型セットを、往時の博物用品カタログに探したところ、パリの博物ショップ・デロールのカタログに載っているのを見つけたので、参考までに挙げておきます。


1929年のカタログですから、デロールの歴史の中ではわりと時代の下るものです。
当時のデロールは、学校への理科教材の卸販売が中心の店で、こうしたカタログを盛んに出しており、カタログ掲載の品も自社製品とは限らず、むしろ他社製品の取次ぎのほうが多かったように思います。


頁をめくると、そこに「Séries cristallographiques en cristal dur」(硬質クリスタル製結晶学シリーズ)というのが見つかります。説明文には「鉱物の結晶形態とその主要な変異を含む、周到かつ十全な科学的正確さを備えたシリーズ」とあり、360フランの20種セットから、1,650フランの90種セットまで、全部で6種類のラインナップ。

当時のフランの価値はよく分かりませんが、質問サイトの回答(https://oshiete.goo.ne.jp/qa/5617201.html)を参照すると、フラン切り下げ後の1928年の時点で、1フラン=200~250円程度(金の価格を基準にしています)。これに従えば、20種セットで7~9万円、最上位の90種セットは33万~41万となります。

手元のセットが、デロールが扱っていた商品と同一である保証はありませんが、20種セットというのは、まあ一般的にいって「入門シリーズ」なのでしょう。それも今となってはすこぶる希少な品で、その希少さの背景には、素材の性質上、きわめて毀れやすかった…という事情があると思います。


手元の模型も、よく見ると縁が欠けているものが何点かあります。
この品を無事次代に引き継げるよう、せいぜい用心しなければ…と、少なからず責任を感じています。

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ときに、ドイツのクランツ商会は、鉱物関連の品で扱ってない物はないと言ってよいので、このガラスの結晶模型も、探せばきっとカタログに載ってると思うんですが、まだ見つけられずにいます。それでも1894年頃のカタログを見て、「おっ」と思いました。


そこにはGlas-Krystallmodelle(ガラス結晶模型)の文字があって、一瞬「これだ!」と思ったんですが、よく見たら、こちらは板ガラスをカットして、結晶形に組み合わせたものでした。

同種のものは、上記デロールのカタログの同じページにも載っていて、そちらはSéries cristallographiques en glace」(ガラス製結晶学シリーズ)と称しています。


これは「結晶形態学プロジェクト」にコラボ参加されている、ステンドグラス職人・ROUSSEAU(ルソー)さんの作品に通じる雰囲気があり、その祖型といって良いかもしれません。

(「結晶形態学プロジェクト」フライヤーより、ROUSSEAUさんの作品2種)