吾いまだ月長石を知らず(後編)2017年12月03日 16時30分25秒

(昨日の続き)

月長石について「おや?」と思ったのは、先に引用した、加藤碵一・青木正博両氏の『賢治と鉱物』(工作舎、2011)に、以下の記述を見つけたことでした。

「月長石/ムーンストーン」は、ラテン語のselenites の英訳です。現在の鉱物名としての利用は、1780年にドイツのウェルナーが、光沢のある長石を Mondstein (直訳すれば「月石」)としたことに由来します。(p.188)

セレニーテス(羅)といい、モントシュタイン(独)といい、またムーンストーンと言い、言葉の意味としては、すべて「月の石」ですから、何も不思議ではないのですが、ここで気になるのは、このラテン語の称です。

selenites(セレニーテス)を英語化すれば、すなわち selenite(セレナイト)となります。でも、少なくとも現代の用法では、セレナイトは「石膏(Gypsum)」、特に透明な板状で産出する「透石膏」を指す名称です。

(かつて「鉱物Bar」で購入した透石膏の結晶)

鉱物学的には、片や珪酸塩鉱物長石、そして片や硫酸塩鉱物石膏と、まったく別種なのでしょうが、ひょっとしたら近代鉱物学の誕生以前、両者が言葉の上で混用されていたのかな?…と思ったのが、すなわち「おや?」の中身です。

そして、日長石の別名が、太陽石(ヘリオライト)なら、月長石の別名も月石(セレナイト)という風に、たとえそれが歴史的混用にせよ、ぜひ対が取れていてほしいと思いました。

(『ビジュアル博物館25 結晶と宝石』(同朋舎、1992)より、ムーンストーンとサンストーン)

もちろん、加藤・青木両氏に、セレニーテスとセレナイト、そしてムーンストーン相互の関係を詳しくお聞きできればいいのですが、なかなかそんな機会も得られませんから、少し自助努力をしてみます。

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まずは手近なところでWikipediaから。
英語版でSeleniteの項を引くと、そこにセレナイトの語源が、こう記述されています。

 「セレナイトの語源は、中期英語のselinete であり、これはラテン語のselenitesから、さらにはギリシャ語のselēnitēs(石)から来ている。この語はselēnē(月)に由来し、字義は「月石(moonstone)」もしくは「月の石(stone of the moon)」の意。往時の人は、ある種の透明な結晶が、月と共に満ち欠けするものと信じていた。15世紀以降、「セレナイト」は、透明な結晶または結晶塊中に見出される、石膏(Gypsum)の変種を特に指す言葉となった。」

これに従えば、セレナイトは15世紀以前は、透石膏に限らず、月の満ち欠け伝承と結びついた透明な石は、みなこの名で呼ばれていたように読めます。ただし、今の月長石がそこに含まれていたかどうかは不明です。

また、月長石をセレナイトの名で呼んだ時期が仮にあったとしても、セレナイトの指示対象が透石膏に固定した15世紀から、ドイツのウェルナーが改めてMondsteinの名を用いだした 1780年までの、およそ300年に及ぶ空白の意味は、なかなか解釈が困難です。

いずれにしても、18世紀以降、鉱物学の世界でセレナイトと月長石が混同されることは絶えてなかったので、両者の混同が生じていたとすれば、少なくとも1700年以前、ことによったら遠い中世の時代のはずで、この辺は鉱物趣味の深い人でも、なかなか探索に手間取る領域ではないかと推察します。

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誰か「月の石」の歴史についての詳細を知らないか?
そう思って、ネットを徘徊したら、ドイツの鉱物ファンの掲示板で、この件が取り上げられていました(スレッドが立ったのは2004年8月22日)。


では、その内容は…と、勇んで行きたいところですが、Googleの英訳がちょっと心もとなくて、内容が今一つ分かりません。でも、スレ主の問題意識は、どうやら私と同じのようです。そして、それに続くいろいろな書き込みは、すべて18世紀以降の文献に基づいて論じているので、何だか問と答が噛み合ってないように読めます。

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うーん、よく分からない。もやもやします。
というわけで、話を後編まで引っ張ったわりに、吾いまだ月長石を知らざるなり。

結局この話題、『賢治と鉱物』にあった「ムーンストーンは、セレニーテスの英訳である」ということの典拠が肝なわけですが、それも今のところ不明です。