3-D宇宙…ファウトとヴォルフの作例を見る ― 2018年04月08日 16時00分59秒
両眼視から立体視へと話題を移し、ここで以前の話題に戻ります。
昨年の暮れから、今年の初めにかけて、「3-D宇宙」という続き物がありました。昨年12月30日の「序章」から、本年1月9日の「『Our Stellar Universe』三部作のこと(2)」まで、前後5回にわたる記事です。
あのときは、1986年に出た日本の『立体で見る星の本』から、1977年にアメリカで出た『DEEP SPACE 3-D: A Stereo Atlas of the Stars』へ、さらに時代を一気に遡って、1905年にイギリスで出た『Our Stellar Univerese: A Road to the Stars』という本を紹介しました。
私自身が現時点で抱いているパースペクティブはこうです。
まず、宇宙を立体視するという試みは、19世紀中葉から流行りだした「月の立体写真」にその萌芽を見ることができます。つまりその歴史は、立体写真そのものの歴史とほぼ重なります。
その後も、巨大な望遠鏡の威容とか、立派な天文台の建物とか、天文に絡む被写体を収めた立体写真はいろいろ作られましたが、広大な恒星宇宙の広がりと奥行を、実際に目で見ようという大胆な発想は、この1905年のトーマス・エドワード・ヒースの本を以て嚆矢とします。そして、ヒースの非凡な才は、この「立体星図」という趣向を、そのスタート時点から一気に完成形態まで持っていきました。後人の試みは、すべてその修正と精緻化の範疇にあると言っても、過言ではないのではないでしょうか。
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私の理解は、その後も特に変わっていませんが、1905年のヒースから1977年のデイビッド・チャンドラーの著作の間の空白を埋める作業が、まだ残されていて、結論から言うと、この間をつなぐ立体星図には、まだ出会えずにいます。
ただし、星図以外なら、空白を埋めるものはいろいろあります。
話のとっかかりとして、ここで1つのサイトに注目してみます。それは他でもない、天文古玩界の偉大な先達、スウェーデンのトマス・サンドベリ氏のサイトです。氏の個人コレクションについては、これまで何度も言及してきました。
■SCIENTIFIC Curiosities
自分の蒐集――というほど大層なものではありませんが――に自信が持てなくなると、何度でもサンドベリ氏のコレクションの前に立ち帰り、天文アンティークが放つ魅力や多様性を確認するという作業を、これまで何度繰り返したかしれません。
ただ、それは主に「Astronomy」のページと「Planetaria」のページに限られており、それ以外の「Vampires」とか「Occult」とかは、大いに興味はそそられるものの、一通り眺めただけで、あまり足を踏み入れずにいました。
しかし、ふと思い立って「Stereo Views」のページに入ったら、そこにも天文関係の品が大量に並んでいて、これまでの自分の怠惰さを大いに恥じました。これはもっと早くに注目するべきでした。
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何といってもサンドベリ氏のコレクションです。
そこには、アメリカのヤーキス天文台が一種の「私家版」として制作したらしいステレオ写真のセットといった、極め付きのレアな品をはじめ、ドイツの熱心なアマチュア天文家、フィリップ・ファウト(Philipp Johann Heinrich Fauth、1867-1941)が、1916年に出したステレオ天文図集とか、また新天体の発見に写真術を応用した、かのマックス・ヴォルフ(Maximilian Franz Joseph Cornelius "Max" Wolf、1863-1932)によるステレオ天体写真集(第1集1920、第2集1921)とかが登場します。
このファウトやヴォルフの作品は、私の手元にもあります。
そのことを自慢に思いますけれど、そんな自慢に先んじて、独立してこのテーマを追った人間が、同じ品に行き着いたということが、ここでは一層重要です。それらは3-D宇宙の話題を語るとき、やはり時代を物語るスタンダードな品なのでしょう。
ファウトの作品は、写真ではなくて「絵」(ダイアグラム)によって、宇宙空間に浮かび上がる惑星や彗星の軌道等を立体視させるというもので、青地に白く浮かび上がる天体と、その軌跡がなかなか美しい作品です。
(外袋と解説書)
(全15枚の図版のうち、第1図~4図)
(同じく第13図ほか。左は解説書記載の図版目次)
一方、ヴォルフの方は、時間間隔を置いて同一天体(ないし同一空域)を撮影し、それらを重ね合わせることで、立体感を得ようというもので、その被写体は近くの月や小惑星から、遠くの星雲・銀河にまで及びます。
(第1集とその内容(一部))
(同じく第2集)
(図版目次。左は第1集、右は第2集)
このヴォルフの写真集はずいぶん売れたようで、私の手元にあるのは、第1集が第7版(1920)、第2集が第3版(1922)と表示されています。そのせいか、第2集の方はサンドベリさんのものと、刊年が1年ずれています。また、第1集の初版は1906年に出たらしく(※)、これはまさにヒースの立体星図集と同時期の作ということになります。いろいろな意味で、この時期が宇宙を立体視する歴史の画期だったのでしょう。
(※)『Astrophysical Journal』 誌の1907年号に、その書評が載っています。
コメント
_ S.U ― 2018年04月09日 07時53分43秒
_ Nakamori ― 2018年04月09日 13時04分06秒
ファウトの図1~4はディスプレイ上で立体視することができました!ヴォルフの写真は紙に出力してトライしてみましたが、アンドロメダ星雲は手前の銀河系の星々がなんとなく立体的に見えました。コメットはコメットだけが立体的に見えて、なんだか星の絵が描かれたお皿に盛られているようで面白かったです。しかし、いずれも老眼鏡を掛けないとピントが合わないのは残念なことでした(^_^;)。
_ 玉青 ― 2018年04月10日 07時17分03秒
○S.Uさま
ブリンク・コンパレーターですね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Blink_comparator
歴史的には、1904年が登場年だそうですから、立体星図やステレオ天体写真と奇妙に同期していますね。アカデミックな世界も、世間一般も、おしなべて立体視流行りだったのかなあ…と想像します。
ただ、小惑星や彗星探索におけるブリンク・コンパレーターの威力は、なかなか大したものでしたが、こと立体星図に関していうと、どうもアカデミズムの評価はいまいちで、専門の天文学者からは、何となく色物的扱いされていた形跡があります。(ヴォルフを例外として、主要な作例がいずれもアマチュアの手になるのは、その反映かも)。
○Nakamoriさま
見にくい画像で実見していただき恐縮です。
星雲や銀河でも、最近は巧みな画像処理によって、人工的に立体感が生まれるような作品も作られていますが、当時のように、単純に時間差を置いて撮影したぐらいでは、そこに立体感の生じようがないですね(むしろその事実が、星雲や銀河までの遥かな距離を示す間接証拠とされたことを、現代の我々は知っています)。
でも、双眼観測装置を使って覗いたときのように、何となくそこに疑似立体感が漂わなくもありません。人間、やっぱり両目で見る方が楽だし、自然ですよね。
ブリンク・コンパレーターですね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Blink_comparator
歴史的には、1904年が登場年だそうですから、立体星図やステレオ天体写真と奇妙に同期していますね。アカデミックな世界も、世間一般も、おしなべて立体視流行りだったのかなあ…と想像します。
ただ、小惑星や彗星探索におけるブリンク・コンパレーターの威力は、なかなか大したものでしたが、こと立体星図に関していうと、どうもアカデミズムの評価はいまいちで、専門の天文学者からは、何となく色物的扱いされていた形跡があります。(ヴォルフを例外として、主要な作例がいずれもアマチュアの手になるのは、その反映かも)。
○Nakamoriさま
見にくい画像で実見していただき恐縮です。
星雲や銀河でも、最近は巧みな画像処理によって、人工的に立体感が生まれるような作品も作られていますが、当時のように、単純に時間差を置いて撮影したぐらいでは、そこに立体感の生じようがないですね(むしろその事実が、星雲や銀河までの遥かな距離を示す間接証拠とされたことを、現代の我々は知っています)。
でも、双眼観測装置を使って覗いたときのように、何となくそこに疑似立体感が漂わなくもありません。人間、やっぱり両目で見る方が楽だし、自然ですよね。
_ S.U ― 2018年04月10日 14時08分28秒
>ブリンク・コンパレーター
さすがは「天文古道具」の権威、あっさり見つけて下さりありがとうございます。ひょっとしてご所蔵ですか? カール・ツァイスの物理研究者が作ったというのは腑に落ちました。
ただし、このプロ用の機器は単眼用で、ミラーで光路を切り替えたようですので、あまりステレオスコープ的ではありません。話がずれますが、これだったら、シャッターを回すような軽い動きで済まないので、なんらかの自動動力の機構が必要だったのではないかと思います。両眼視のほうがコスト的にも使い勝手もよいと想像しますが、自分で作ろうというわけではないので、このくらいにしておきます。
>立体星図~色物的扱い
平面写真の立体視自体が擬似体験であるのに加え、天体の立体構成も擬似的スケールのものですから、なかなかアカデミズムの評価には載らなかったと思いますが、論文にしなくても、こっそり立体視を研究したプロの研究者はいたかもです。
さすがは「天文古道具」の権威、あっさり見つけて下さりありがとうございます。ひょっとしてご所蔵ですか? カール・ツァイスの物理研究者が作ったというのは腑に落ちました。
ただし、このプロ用の機器は単眼用で、ミラーで光路を切り替えたようですので、あまりステレオスコープ的ではありません。話がずれますが、これだったら、シャッターを回すような軽い動きで済まないので、なんらかの自動動力の機構が必要だったのではないかと思います。両眼視のほうがコスト的にも使い勝手もよいと想像しますが、自分で作ろうというわけではないので、このくらいにしておきます。
>立体星図~色物的扱い
平面写真の立体視自体が擬似体験であるのに加え、天体の立体構成も擬似的スケールのものですから、なかなかアカデミズムの評価には載らなかったと思いますが、論文にしなくても、こっそり立体視を研究したプロの研究者はいたかもです。
_ 玉青 ― 2018年04月12日 07時20分07秒
いやあ、さすがにブリンク・コンパレータ―を陋屋に持ち込む度胸とスペースはありませんねえ。(^J^)
>こっそり立体視を研究したプロの研究者
「見る喜び」は、プロ・アマ問わず、人間の性(さが)みたいなものですからね。
>こっそり立体視を研究したプロの研究者
「見る喜び」は、プロ・アマ問わず、人間の性(さが)みたいなものですからね。
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それから、連想でちょっと思い出したのですが、ネットで調べて見てもわかりませんでした。昔、新星や小惑星の捜索で誰の発案だか知りませんが、時期を変えて撮影した2枚の写真をステレオスコープのようなもので覗き、高速で片目ずつシャッターで切り替えを繰り返すと、この間に変化があった星はチラチラ見えてすぐ見つかる、という装置のことを聞いたことがあります。フリッカー何とかブリンク何とかというのだと思いますが、容易に見つかりませんでした。こういう装置も天体の立体視と何らかの関連があるのかもしれないと思います。