3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(3)2018年04月14日 16時23分55秒

先に記したように、この本には「ご近所の星一覧」、「目に見える星のすべて」、「系外銀河大観」という、3種類の星図セットが含まれます。いわば、これ1冊で通常のアトラス(星図帳)3冊分に相当するわけで、それだけでも十分に中身が濃いですが、さらにダメ押しするかのように、「特殊星図(Special Views)」と称するオマケ星図が8枚付属します。

特殊星図のNo.1~3は、過去10万年間に生じた恒星の固有運動を立体視しようというもの。プレアデスとヒアデス星団が一団となって宇宙を移動する様や、太陽自身の固有運動によって生まれる星流(車窓の光景が後方に流れるのと同じ理屈です)を描いています。

(特殊星図No.1~3)

特殊星図No.4と5は、320度の広視界にわたって、<近景>に当たる明るい恒星、<中景>に当たる星雲・星団、そして<遠景>に当たる系外銀河を1枚の図に重ねてプロットした壮大な図で、天の川銀河の立体構造や、遠方の天体を遮蔽する暗黒帯の存在を感じさせてくれます。

(特殊星図No.5(部分))

そして、最後の特殊星図No.6~8は、本編に含まれる「銀河分布図」の補遺として、基準面(すなわち印刷紙面)までの距離を、10メガパーセクの代わりに、50メガパーセクないし20メガパーセクに設定して、遠くにある銀河の相対的遠近感を強調した図です。(それぞれ、かみのけ座銀河団、アンドロメダ座近傍の銀河が織りなすフィラメント構造、ケンタウルス座銀河団の様子が図示されています。)

   ★

何だかすごい熱意だなと感じ入ります。

この力作を生んだリチャード・モンクハウス(1950-)ジョン・コックス(1947-)は、本書以外にも何冊か星図帳を手掛けているので、私はてっきりプロの天文学者だと思っていました。でも、今回記事を書くために調べたら、二人ともプロの天文学者ではなく、それどころか、本来天文学とはおよそ畑違いの人だと知って、大いに驚きました。

モンクハウスは、ケンブリッジ出の電子技術者で、本業はビデオ・アーティストという、異色の経歴の人です。一方のコックスは、ヨーク大学で景観学を学び、カートグラファー(地図製作)として活躍している人。

彼らは1980年代からコンビを組んで星図づくりに取り組んできましたが、それは彼らの関心がいずれも科学とアートの交錯する領域にあったからで、この立体星図も、彼らの一種の「アート作品」と見た方がよいのかもしれません。(福音館の『立体で見る星の本』を手掛けたのも、グラフィックデザイナーの杉浦康平氏だったことを思い出します。)

およそ、天文学者が重んじるのは、星図よりも星表、すなわち星のデータカタログでしょう。もちろん天文学者にしても、大宇宙の構造を把握するために、手元のデータを視覚化して表現することもあるでしょうが、でも、それはあくまでも「知る」という目的に資する手段として、そうしているわけです。でも、この立体星図は「見る」こと自体が目的であるように感じられます。

この作品の背後にある膨大な観測と計算を想像すると頭がクラクラしますが、その試みを後押ししている<見ること-見せること>への衝迫性が、また一層の凄みをそこに与えています。

   ★

生物が視覚を獲得して、およそ5億年。
眼の進化は明暗の感知からスタートし、やがて形と色の弁別能力を獲得し、対象までの距離把握も可能となりました。そしてヒトは、生物学的進化をはるかに上回るスピードで、「見る」ための補助手段の強化を続け、今やその視界は、可視宇宙の限界付近にまで広がっています。

その果てに生まれた1冊の星図帳。
ページに落とした目を上げて、再び夜空を振り仰ぐと、無言で光る星も、闇色に沈む虚空も、何だか愛しいような、ただならぬような、不思議なものに感じられます。

(この項おわり)

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